「25歳最後の日」

世界一周572日目(1/21)

 

 

シュバっ

と身を起こし、電気をサっとつけて、歯を磨いた。

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「朝起きた時の口の中の細菌の量は
うんこの5倍らしいですよ」

というタカヒロくんの言葉を間に受けて
僕はまずは歯磨きから始め、
それが終ると服を着替えてパッキングも済ませた。

チェックアウトする前にネットに繋ぎたかったが、
ポンコツWi-Fiの速度は亀の歩みよりも遅かったため、
僕は諦めてバスの止まるカフェの前まで歩いた。

 

 

『昔の旅人はネットカフェに
行かなきゃいけなかったんだ…』

Wi-Fiが使えない時はそう自分に言い聞かせる。

もしくは『ネットが使えることは贅沢なんだ』

 

 

だけど、分かっていても、Wi-Fiが使えないと

『なんでだよ!クソっ!』

となるのだ(笑)

 

 

 

ここはエジプト、アスワン

そして、今日でエジプトともお別れ。

 

 

僕はこれから
スーダンへ突入する!!!

 

 

 

 

 

 

4時45分にはカフェの前にいた。

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カフェはこの時間でも営業しており、
深夜組なのか、早朝組なのか分からないエジプト人3組が
カフェの中央のテーブルで紅茶をすすっていた。

僕も同じように紅茶を
すすりながらバスを待った。3ポンドだった。

 

 

5時ぴったしになるとチョヌンがやって来た。
時間にビビリな僕とは大違いだ。

きっと彼はバスが予定通りに
出発することがないだろうとタカをくくっていたに違いない。

彼の荷物は僕と比べると
けっこうな大きさのバックパックだった。

「デカっ!」と言う僕に対して、
「シミのバックパック小さくない?」と返してくる。

 

 

そうか…、

言われてみれば、テントを除いて
必要最低限のものしか持ってないもんな。

そんなチョヌンは7ヶ月旅をしている、
34歳の韓国人のお兄さんだ

僕より8つも歳が離れているのにも関わらず、
話しているとどこか幼い印象を受けた。

それはまぁ、驚きのリアクションだったり、
英語の発音、言い回しだったりなんだけど、

いずれにせよ歳が8つも離れた人間のようには感じないのだ。

敬語のない英語の会話だからだろうと思う。英語って不思議だ。

僕は「さみぃ..」と言いながら
首に巻いたブランケットを巻き直した。

 

 

 

 

 

バスがやって来たのは30分ほど遅れてからだった。

ここまでは許せる。まぁ、エジプトだしね。

 

 

他の都市間の移動では荷物を預けるのに
1ポンドの料金がかかったが、
今回はその料金が発生しなかった。

「お~!ラッキー!これであとから請求されたりしてね!」

なんて冗談を良いながらバスに乗り込んだ。

 

 

バスは外面もよければ、内装もしっかりていた。

座席がリクライニングする。

 

それはどのバスでも一緒か。

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僕たちは席に着いてバスの出発を待ったが、
バスは遅れて来たばかりか、
いつまでたっても発進しようとしなかった。
この期に及んで!

 

 

回りに停まっていた他のバスが次々に出発していくのが分かる。

おいおい。何やってんだこのバス???

てかなんで俺たちのバスだけ行かないんだ?

だから安かったのか?

 

 

早起きして眠かったせいもあり、
僕は持ち込んだブランケットにくるまって
窓ガラスにもたれるようにして目を閉じた。

窓際の席は外の冷気の影響を受けやすい。

フリース、ブランケットの組み合わせでも寒さを感じた。

 

 

『さっさと出発してくれねえかな…?』

無理矢理に眠って時間をやり過ごした。

バスの外では大荷物を持った人の姿がチラホラ見えた。

 

 

そしてどんどん時間は過ぎていった。

時刻は6時を回り、7時を回り、

8時前にになって僕たちの乗ったバスは
ようやくスーダンの町、ワディ・ハルファに向けて走りだした。

 

 

なんでこんなに遅いんだよ?

『てか車内にサムソンの
32型LEDの液晶テレビ二台持ち込んでる
おっちゃんがいるんだけど、
どこ行くんだよ??!!』

それが疑問だった。

 

 

海外で長距離のバスに乗ると、
まるで引っ越しをするような荷物を持ってくる地元の人がいる。

あれはこの場所に当分の間、帰って来ない人たちなのだろうか?

僕にはそれくらいの気合いが入っているように感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスの中

では一時間くらいのサイクルの短い睡眠を繰り返した。

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なんもないね…。

 

 

町から出てしまうと外の景色は
どこも似た様な荒れ地で、眺めていると
すぐに飽きてしまい、再び眠るというサイクルだった。

 

 

ふと、オナラがしたかったので、
お尻の筋肉に少し力を入れた。

 

 

 

 

 

 

「!!!」

 

 

 

『これ…、
気を抜いたら…

 

 

“実”が出る!!!

 

 

 

 

25年と11ヶ月の僕の人生経験が語っていた。

今の自分の置かれた状況を冷静に判断する。

 

 

 

 

『寝るしかない…!!!』

無理矢理に目を閉じた。

 

 

 

できるだけお腹のことは
気にならないようにした。

バスはさっきまでの遅れを取り戻すかの様に、
どこかへ停まる気配もない。

っていうか見渡す限り砂漠だ…。

 

 

 

 

しまいには眠れなくなってきた。

冷や汗をかきながら、バスがどこかに停まるのを祈った。

 

 

 

 

出発から3時間ほど経ったところで、
バスは湖の前に停車した。

 

 

『ど、どうなるんだ?』

 

 

乗客が降りるのを見て、僕も席を発った。

 

 

「あ、の!トイレ行きたいんですけどっっっ!!!」

「それなら、あのボックスの中にー」

「あざっす!」

 

 

ダッシュで教えてもらった場所に駆けて行った。

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トイレはバスやトラックを湖の向こう岸まで運ぶ貨物船だった。

売店とも言えないような小さな物販スペース
でティッシュを買った。

駅前でタダで配っているような小さなティッシュに
2ポンド(34yen)も取られる。

ぐぬぬぬぬ…。そんなケチってる場合じゃねーってばよ…。

 

 

 

 

僕はポケットティッシュを買ってすぐにトイレに並んだ。

その時の僕は鬼の形相だったと思う。

回りのエジプト人やらスーダン人も若干引いてたから。

 

 

トイレには電気が灯っていなかった。

こんな湖の岸にあるようなトイレだ。ウォシュレットなんてー、

 

 

おお~~~っっっ!
ついてるついてるぅぅぅ!

 

 

こういう時にイスラム圏には感謝してもしたりない!

 

 

 

便座に座りながら、一体何が原因なのかを考える。

昨日の晩飯を三軒くらいサンドイッチ屋を食べ歩きしたからか…?

いいや、朝からバスで体を冷やしたせいか…?

 

 

 

ひょろひょろになってトイレから出た。

放屁したくなり、少しお腹に力を入れ、
「はうッ!」となり、再びトイレに駆け込む。

これを合計3回繰り返した。

 

 

スーダンに行くってのに、この体調はないよ…。

トイレを出たり入ったりしていると、
気を訊かせたエジプト人(だと思う)が僕に錠剤をくれた。

1ミリも疑うことなく、すぐに半錠噛み砕いて、
水と一緒に胃袋に流し込んだ。

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そうこう

しているうちにう船はバスを乗せ、湖を走りだした。

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僕は車内に避難し、座席を思いっきり倒して体を休めた。

車内で寝ていると、バスのスタッフから出国税、
50ポンド(799yen)を徴収された。

 

 

『これで騙されてたら…、
おれお金もってねーぞ』

そう考えたが、
弱った体ではどうすることもできなかった。

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薬が効いてきたこともあって、
エジプトのイミグレーションまでの移動は何事もなかった。

バスはゲートの前で止まった。

乗客は荷物を外に持ち出している。

ただ、ツーリストの僕たちだけが
状況がうまく飲み込めていなかった。

 

 

バスの中には僕とチョヌンの他にも
中国人の若いカップル、ヨーロピアンのカップル、
スイス人のチャリダーが乗っていた。

みんな次にどうすればいいのか分かっていない。

 

 

現地人たちはみんな荷物検査の
ベルトコンベアーに持ち込んだ大量の荷物を乗せている。

僕らもそれに習った。

 

 

それからどうしていいのか、分からなかった。

かろうじて英語の喋れるスタッフだか乗客がいて、
僕たちは出国スタンプを
もらわなければならないことが分かった。

面倒臭いことに、出国スタンプをもらう場所は
また別の場所にあった。

 

 

荷物検査をする小さな建物の後ろには
何かを分断するようにして柵が伸びている。

その柵をスーダン語の緩衝地帯へ入るゲート側から
迂回するようにして、反対側に出て
列に並ばなければならなかった。

「出国スタンプはコチラ」みたいな張り紙は一切ない。

スーダンへの陸路の入国は5ヶ月前から開始さればかり。

そりゃ不親切って言ったらしょうがないか。な?

 

 

 

本来ならエジプトのアライバルビザは1ヶ月だが、
シナイ半島から入った者に関しては
それよりさらに2週間の延長されるらしい

イミグレーションのスタッフは僕の入国スタンプを見て、
始めは「ん?おかしいぞ」という顔をしたが、
別のスタッフに確認しに行くと、
問題なく出国のスタンプを押してくれた。

 

 

 

 

ひとまず出国の手続きは済ませた。

だが、バスはなかなかやってこなかった。

僕たち以外にも、あの大荷物を持って
スーダンに入ろうとする人たちがいるのだ。
チェックに時間がかかっている違いない。

 

 

「これ、まだスーダンの
入国手続きもあるんだよな…
クレイジーだ」

チャリダーのスイス人が言った。

 

 

スイス人が言った通り、
バスは再び乗客全員の荷物を乗せ、
わずか3分でスーダン側のイミグレーションに到着した。

なんで緩衝地帯ってバスじゃないと移動できないんだろう?

 

 

 

そこで再び乗客全員分の荷物を降ろし、バスを空にした。

乗客たちは現地人に押し合いへし合いされながら、
言われるがままに必要書類を記入し、
それをスタッフに提出し、荷物をチェックしてもらい、
確認のシールをもらう。

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イミグレーションの建物を出るのに、
そのシールがないと出られないという決まりらしい。

エジプト/スーダン間の行き来は、
以前はバックパッカーは

「奴隷船」

と悪名高きフェリーで地元民で
もみくちゃにされながらしたそうだが、

 

 

今はただ、ただ、「めんどくさい」ということだった。

まぁ、これでも楽な方なんだよね。

ツーリスト組がイミグレーションを抜けるのは早かったが、
イミグレーションを抜けても、
他の乗客たちを待っていなければならなかった。

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近くにはカフェがあり、
僕たちはそこでバスが出発するのを待った。

スイス人のチャリダーは、
ここから自転車で出発するのだと言う。

 

 

「それじゃあワディ・ハルファで会おうぜ!」

そう言ってスイス人は颯爽と自転車で去って行った。

 

 

こんな暑い中、自転車を漕いで行くだなんて、
チャレンジャーっていうか冒険家だよ…。

僕には真似できないって常々思う。

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バスが

エジプトの国境に到着してから
3時間が経過しようとしていた。

たかだか国境を越えるのに、えらく時間がかかる…。

 

 

バスの出発の準備が整うと、
「パララパララ♪」と間抜けなクラクションが響いた。

僕たちは「やっとか…」と重い腰を上げ、
シートに体を埋めた。

 

 

 

 

ワディ・ハルファに到着したのは
19時前の日が沈む直前だった。

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バスを降りると闇両替の客引きたちが群がって来た。

僕は夜行バスでハルツームまで行ってしまおうか考えたが、
ここには夜行バスというものは存在しないようだった。

 

 

 

僕はチョヌンと宿の部屋をシェアしないかと持ちかけた。

この時のことを想定して
僕は彼を一緒に来たと言ってもいい。

準備はアスワンのスーダン大使館から始まっていたのだ!

 

 

 

僕とチョヌンは宿を探すことにした。

ワディ・ハルファの町はほとんど何もない町だった。

バスターミナルの前から次の町へ伸びる
コンクリートの道路の脇の方が砂に埋もれ、
その道から逸れるようにして町が存在する。

この町でトゥクトゥクを見ることができた。

僕はインドを懐かしく思った。

 

 

 

僕とチョヌンは何軒が宿の金額を聞いて回ったが、
何も無いという町の割には
宿代はそこまで安くはなかなった。

20スーダンポンド(416yen)という宿を見つけて、
部屋を見せてもらったのだが、
そこは部屋というよりかは、
ただベッドが並べられただけの吹きさらしの場所だった。

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これならテントで野宿した方がいいかもしれない。

僕はダメもとで宿の敷地内にテントを
張らせてもらってもいいかとオーナーに訊いてみた。

オーナーは少し困ったような顔をしたが、
10ポンド(208yen)で折れてくれた。

っていうかシェアしなくてよかったな。

 

 

 

ひとまずテントを立て、
荷物をテントの中に置いて、入り口をダイヤルロックで閉めた。

 

僕はさっきのバスターミナルに戻り
明日の朝5時発のハルツーム行きのバスチケットを買った。

バスの料金は150ポンド(3,131yen)で
物価の低い国にしてはなかなかの値段だった。

 

 

チョヌンは
「ひとつの町にかならず二泊はする」というルール
を持っていたが、ワディ・ハルファの何も無さに
ここから移動することにするよと言った。

彼はためしにワディ・ハルファとハルツームの
中間くらいの町のチケットの値段を訊いてみたのだが、
値段はほとんど変わらなかったため、
どこに向かうか決断を下せないままだった。

 

 

 

 

あまった時間で町を歩いてみたが、
本当にこの町には何もなかった。

電灯の少なさがこの町のみじめさをより一層引き立てていた。

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小さな飲食店やシーシャを吸えるカフェや
携帯電話のショップがポツポツとあったが、
特に時間をつぶせるような類いのものではなかった。

この町で何組かの自転車旅行者にあった。

どうやら欧米人の中ではアフリカを
自転車で旅をするのがホットみたいだ。

そしてみな宿ではなく、各々のテントを持ち寄って
グループでこの町で寝ているらしい。

ここまで一緒に来たヨーロピアンのカップルは
自転車では旅をしていなかったが、
テントを持っていたため、二人でキャンプをすると言っていた。

別に宿の敷地内でテント貼らなくてもよかったのかもな。

 

 

 

 

僕はやることもなく宿に戻ったが、
宿に戻ったところで、何かができるわけではなかった。

宿のレセプションの前には小型のテレビが置いてあり、
ここのオーナーの家族だか友達だかが
レセプション前の椅子を占領してテレビを見ているのだ。

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電源なんてありはしない。

僕は諦めてシャワーを浴びようとしたが、
シャワーはノズルすらついていないシロモノで、
かつ蛇口をひねっても水はでなかった。

そのため汲み置きの水が大切で、
用を足す時は外のタンクから水をすくって
トイレに入らなければならなかった。

 

 

『とうとうアフリカに来たんだな…』

僕はそう思った。

 

 

なんだか今までが色々と整っていたせいで、
僕はまだこのギャップにうまく馴染めなかった。

チョヌンも別行動から帰ってきて
「何もすることがないね」と苦笑いして言った。

電灯の少ないこの町では星が綺麗だった。

 

 

 

22時にはテントの中に入った。

近くの岩山から犬の鳴く声がいつまでも聞こえた。

 

 

これが25歳の最後の日だった。

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———————————————
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スーダンの国境を陸路で越えるとなげえって話でした。
いつものことながらおれの日記も長ぇ。

そしてWi-Fiもねえっす。
いつも以上に更新もマイペースになっちまいますわ。

まぁ、暇つぶしに読んでいただければ幸いです。

 

 

今日も読んでくれてありがと!
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2 件のコメント

  • >citydeさん

    ありがとうございます。
    フラフラしている26歳になってしまいました。

    お久しぶりです。
    相変わらず世界中を飛び回っておられるようで嬉しく思います♪

    それに渡欧ですか。響きがいいですね♪
    一体citydeさんのヨーロッパ旅がどのようなものになるのか
    想像すると楽しいです。

    僕は4月1日のフライトでカナダに向かいます。
    チケットの購入が少し遅れて7万ちょっとしましたが、
    英語圏を楽しみたいと思います。

    ユース割はどうでしょう?
    一度訊いてみたいと思います。

    コメントありがとうございました。

  • …ということは今は26歳ですか、おめでとうございます!

    ユース割引が使える内にアフリカ旅行をすることは大事でしょう。アフリカはクオリティが低いわりに高いことが多いので、何でも支払いの時に「ユース割引は?」と訊いてみるのもアリでしょう。値引き交渉の道具としても使えますし。

    私は35ドルのインドネシアビザの無料化が遅れているので、これから東マレーシアを旅して桜が咲く季節に高雄から成田へ帰国します。それから4月に能登半島ドライブに行くことまでは決めていて、燃油サーチャージがゼロになってきているので夏に久しぶりに渡欧するかもです。

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