▷「ショート・ホープ」

 

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夏から秋へと季節が移り変わる。

そんな季節の境目が好きだ。

 

 

今まで感じていた蒸し暑さはどこかへ息を潜め、湿度がいくらか落ち着いてきたのがわかった。

首をすくめなければならないような冬風を感じるのはまだ当分先のようにも思える。まぁ、いつかはその時が来るのだけれど。

ぽかぽかと日差しはあたたかく、日向に出ていても汗がにじむこはなかった。

道行く人の顔もどこか明るい。夏特有の開放感とはまた違った種類の笑顔を人々は浮かべていた。

僕はそんな街を歩くのが好きだった。

 

 

ここへ来たばかりの年は東京の街は好きになれそうじゃなかった。嘘みたいだ。

明治神宮前原宿駅駅で電車を降りると、僕は表参道へ続く道を歩いていった。そこには僕の通う大学があった。今日は午後から2コマ授業があるのだ。

カットソーを着るにはまだ早い季節だった。Tシャツにボタンシャツを羽織るくらいがちょうどいい。少し暑くなってくれば一枚脱ばいいだけだ。男は気楽でいい。常にトレンドをチェックし、それに同化していく女のコたちは、僕からしてみたら日々の鍛錬を欠かさない己に厳しい修行僧みたいなものだ。

 

国道413号を表参道まで歩いていく道には色々な人間がいた。

自分と同じ大学生たちやスーツをきたオフィスワーカー。職業不明の人間がちらほら。

植え込み脇にある鉄柵をベンチ代わりにして座っている彼らは何をしている人間なんだろう?まぁ、あれでも何かしらの仕事をしている最中なんだと思う。たとえば、ティーンズ向けファッション雑誌のライターとかだろうか。行き交う人々の着こなしをチェックして、奇抜な服装をした人間の写真を撮っているのかもしれない。

もしくはスタイリストかなんかだ。競争の激しい渋谷・原宿界隈で生き残りをかけて地上に出てきたのだ。だが、彼らのほとんどは下積み時代の新人にちがいない。通常の業務だけではキャリアアップは見込み薄で、カットモデルを探すのに躍起になっているのだ。

大人は大変だ。地方よりも収入が高い東京に出てきたところで、生活コストも比例して上がっていくのだから。

自分が大学を出たあとのことを考えると、せっかく今感じている幸せな気持ちが薄れてしまいそうになったので、僕はそこで思考を中断した。

 

 

 

一瞬だけ心地よい風が頬を撫でた。

首を動かさないようにして、視線だけで周囲を見渡した。

みんなそれなりに幸せそうに見えた。

 

 

僕もそうだった。

特別何かいいことがあったわけではないけれど、こんなよく晴れた気持ちのいい日には何か素敵なことが起こるような気がした。

いつもは人混みの中にいるだけどストレスを感じていたが、今日はなぜかやさしい気持ちになることができた。気持ちのいい一日を誰かと共有できるということはなんて素晴らしいことなんだろうとさえ思ったほどだ。

画面の向こうからやってくる悲観的なニュースも許せそうな気がした。

現在も紛争の続く中東の国々の名前を思い出そうとしたが、その場所も名前も頭には浮かんでこなかった。

そして、つくづく平和ってのはいいものだなと思った。

日本という国に生まれてよかったさえも思う。

どうしようもない事態は腐るほどあるけど、自分が思っているほどここは酷くはないんだ。きっと。

 

 

 

 

 

 

僕の気分は通年で見れば間違いなく「良い」状態だった。

五段階評価で言うなれば最もランクが高い「5」に相当した。

普段であれば周囲の人間から煩わしく思われるほど、僕は皮肉屋で後ろ向きな人間だったが、今日は自分でも信じられないくらいに気分がよかった。

この気分の上がり下がりはいったいなんなんだろう?季節のせいか?いや、それでもいいさ。

今はその要因を解明する気すら起こらない。こんな日には値段がそこそこするジャズのかかっているコーヒーショップにでも入って、窓際の席でコーヒーでも飲みながら3時間くらい読書に耽っていたい、そんな気分になる。

 

 

僕は国道413号線を青山通りにまで歩いて信号を渡ると、思い直して、律儀に信号を「コ」の字型に渡り、元来た道を引き返した。

 

 

この幸せな気分になれる時期もそう長くは続かない。

すぐに秋がやってきて(秋は一番僕が好きな季節だ)、そして冬がやってくる。

そうなればここにいる人たちの顔つきもまたいくらか変わっていくことだろう。

そういう愛おしい日々がほんの少ししか続くないからこそ、人々はその日々を精一杯楽しもうとしているのかもしれない。

 

 

カーゴパンツの外側のポケットに手を突っ込むと、つぶれたショート・ホープの箱が入っているのに気がついた。

 

 

image

 

 

 

中にはタバコが2本だけ残っていた。自分がいつショート・ホープを吸ったのかはわからない。どうして入っているのかもよくわからない。だって自分はもう随分も前にタバコを辞めたからだ。

でも、こんな火にはタバコを吸うのも悪くないだろう。きっと美味しく感じるにちがいない。

 

だがあいにく火をつけるものはなにももっていなかった。

それでも僕はどこか適当な店に入ってライターを買い求めるようなことはしなかった。だってこれだけ気持ちにいい日なんだ。きっと誰か火を貸してくれるだろう。こんなこと普段の僕だったら間違いなく考えないことだ。

 

道端でタバコをくゆらせている若い男の姿を見つけた。

近くのアパレル店で働く店員じゃないかと僕は検討をつける。一見何の気なしに来ている服装もこなれているし、カジュアルな服装をしていたが街の雰囲気によくマッチしていた。キャップをかぶり、ゆったりとしたトレーナー、同じようにゆとりあるチノパンに存在感のある足元のスニーカー。ナイキのマークが見えた。

彼はどことなく疲れたそうな表情を浮かべていたが、僕が声をかけると人懐っこい笑顔に瞬時に切り替わった。そして快く火を貸してくれた。きっといい店員なんだと思う。

 

彼が持っていたのは安い100円ライターでも金属製のオイルライターでもなく、紙の箱に入ったマッチだった。僕は礼を言うとそれを手に取った。

マッチ箱には像のイラストが描かれていた。器用に長い鼻を使って火の灯ったマッチを一本かざしている。象の表情でさえ機嫌がよさそうに見えてしまう。

 

僕は箱から一本マッチを取り出すと、こげ茶色のヤスリ状になっている紙にマッチを擦った。

「シュボッ..!」という音ががして勢いよく火がついた。僕は顔をマッチを持った手に顔を近づけてショートホープに火をつけた。

 

 

マッチに火がついた時に出る匂いが鼻先をくすぐる。

どうしてマッチで火をつけると心が躍るのだろう?ライターでは感じることのないほんのわずかな心の高揚感だ。

タバコの煙をほんの少し肺まで入れて、3秒ほど息をとめた。

そしてゆっくりと煙を吐き出した。

 

 

煙は上空で気持ちのいい一日の空気にすっと溶け込んでいった。

 

 

 

 

———————あとがき———————

昨日用あって原宿にいったら、なんだかそういう描写を書きたくなったのです。

今くらいの気温が一番好きです。暑くもなく、寒くもない、なんだか春が二階から降ってきた、じゃなくって、春が二回来た、そんな感じの日っていいですよね。

今日もよい一日を♪


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ABOUTこの記事をかいた人

「旅する漫画家」。世界一周後(2013-2016)、現在は海沿いの町に潜伏中。そろそろ旅がしたいぞ!