
前日は
ソファの上で寝てしまった。
やっぱり徹夜に近いことはするもんじゃない。
起きたのは9時過ぎ。
あぁ、そうだ。今日は歯医者の予約をしてたんだった。
のそのそと起きて家の途中まで行くもUターン。
行っても診てもらえないかもしれないし、ドタバタと準備してもいいことなんてないよ。歯医者はキャンセルしよう。
一旦家まで戻り、のんびり支度をして出発した。
外は雨が降っていた。
今日は文化祭だ。
まったく、一体マサトさんは何を考えているんだろうと思う。
たぶん最初はみんな「なにそれ!?」って驚きや、「そんなことできないんじゃないの?」と疑いの気持ちを少なからず抱くと思うのだが、
彼は自分の思い描いてきたことをいくつも実現してきた。
今回だってそうだ。
まさか借金までして三井ホールを抑えて、そこで入場料無料・出店料無料のイベントを開いちゃうだなんて、いったい誰が考えるだろうか?

僕は乗ったことのない路線で会場のある日本橋へと向かった。
車内は人口密度の多さから、窓ガラスが曇る。僕は手でガラスを拭うと、外の景色をぼんやりと眺めた。
あぁ、なんか旅してんなって思う。
僕の旅情はいつまでたっても色あせなないままだ。
旅において大事なのは、自分の身の回りの移り変わる景色を楽しむ感性だと思う。
日本にいたって旅することはできるのだ。
相変わらず僕は傘を持っていない。
防水バッグに旅で使い込んだパタゴニアのアウターに雨具のパンツを履いている。

日本橋
に着くころには13時を回ろうとしていた。


僕はいつもの方向音痴ぶりを発揮してまったくの逆方向に行ってしまった。
いや、よくあるんだよ。
そういう時にはよく工事現場のおじさんに道を尋ねるようにしている。
おじさんは愛想よく道を教えてくれた。
日本橋は趣のある建物が多く、僕には馴染みのない街でもあった。雨が降っているから余計にそう見せているのかもしれない。
こんな場所でイベントがあるだなんてちょっと信じられなかった。
三井ホールは「コレド室町」というビルの4階にあった。
建物に入った時点で僕は若干の居心地の悪さを感じる。
だって、雨具をぐしょぐしょに濡らした小汚いヤツなんてそこには一人もいなかったからね。
エレベーターで4階まで登り、会場となる場所まで行くと、自動ドアはしまっており、ボランティアスタッフが扉をあけてくれた。
恐る恐る僕は中に入った。
入り口のすぐ近くのところに半円上のオブジェクトがあり、そのさらに先に進むと巨大な造花が飾られていた。

ますます僕は居心地の悪さを覚える。
だってそこは今まで訪れたアットホームな場所よりももっとビジネスライクでよそよそしい感じがしたからだ。
その場にいるアーティストたちも僕なんかよりしっかりしてるような気がしてならなかった。これガチの人たちじゃん。



4階から5階へあがると、そこにはさらに大勢のスタッフたちが忙しそうに動き回っていた。中にはイベント専門のクルーがいたりくらいだ。誰かがトランシーバーで連絡を取り合っている。
そこはまさに商業イベントが始まるような場所のように僕には思えた。
っていうか、こんな場所でマサトさんはイベントをやるのか????
会場内をひとしきり歩き回った僕は、iPadをWiFiにつないだ。
なんとこの建物では一日に5回、無料WiFiを利用することができるのだ。そこらへんは世界使用なんだね。ありがたい。
そこで会場内にいるマサトさんと連絡を取った。
現れたのはいつもと変わらないマサトさん。
ただ、足取りはいつも以上に早かった。
「さっそくなんだけど、シミくん、エントランスの絵描ける」
「大丈夫っす!」
即答で答えたものの、
朝起きてから一度もペンを握っていない。
今回は出店の他にやることがあった。
それは入場口に飾る絵を僕が描くというもの。
来場者が来るまでの数時間の間に模造紙に描くのだ。
この日のために新宿の世界堂で買っておいたクラフト用紙を筒状のボール紙から取り出す。
養生テープで紙を貼り付けると、僕は画材を取り出した。
はぁ、ついにこの時がきちゃったんだな。
もうやるしかねえ。
僕の文化祭はここから始まった。

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