
深呼吸。
余計な雑念は入れない。
もう下手もミソもクソもねえ。
モードに入ります。
頭の中にあるイメージをより具体的に線にしていくだけだ。
そして僕はプロッキーを手に持って模造紙に線を引き始めた。
今回描くイラストのイメージは頭の中になんとなくできあがっていた。
旅の中盤によくやっていた抽象画を描くことだ。
自分のフィーリングだけで線や図形を重ねていくだけの単純なもの。
最終的な絵がどんな図形になるのかは僕自身にもわからない。
時間はほんとうにあっという間に過ぎていった。
途中何人かの人が立ち止まって僕に感想みたいなものを投げかけてくれたけれど、こっちは必死なのでまともに受け答えなんてできない。
ただ、線を引いて、図形を重ねていくだけの作業。
そして描いている本人がが一番わかっている
ミスの数々(笑)
いやね!これ今だから言い訳させてくださいよ!
ほんとうは僕、もっと濃い色の紙で描くつもりだったんです!
似顔絵でも使っているブラウン(こげ茶)の紙が理想だったんですけど、模造紙サイズとなるとクラフトペーパーしか売ってなかったわけですね。
本来ならブラウンの紙にポスカの白で描く予定だったんです。ブラウンと白ってけっこう相性がいいんですよ。白が浮き出て見えるんですね。僕の頭の中にはそんな風に完成図がイメージされていたんですけど…、
はい。実際家に帰って試し描きしてみたら
「こりゃぁ、全然ポスカの色見えねえな」
ってわかったわけです。
いや、買う前から薄々想像ついてましたけど、試してみなきゃわかんねえかなって思ったんです。
もういいや。
で、おなじみのプロッキーで落書きしてみたら、以外と線がはっきし描けるもので、「じゃあこっちで行こう!」って作戦変更したわけなんですけど、
図形だとなんだか黒が主張し過ぎですよね。
こっちも試し試し絵描いてますよ。
意外と白で塗りつぶすと目立っちゃったりとかね。
てかポスカっていつがインク切れなのかよくわからなくないですか?中の塗料の残量とかわかればいんですけどねー。なんでそういう作りにしないんだろ?「これインク切れなのかなぁ〜..??」ってめっちゃ迷います。
まぁ、悪戦苦闘しながらイラストをを描いていると時間は既に16時。
もうこうなったら出店準備の方の時間を割いて描くしかないっっ!
途中ボランティアの男の子と「国名を書き殴る」遊びをしてフィニッシュ。
うん。これ、実際めっちゃ描きこんであるんですけどね。
ただ、照明の具合で近くによって見ないと全然わからないイラストになってしまいました。
マサトさん..、あの絵は燃やしてください。それかホームレスに寄付してください笑。

せめてもっとくっきり白が出れば!近くで見ればすげーー描き込みしてるんですよ!
よくわからない
巨大な絵を完成させると、僕はエネルギーを消耗してしまった気になった。
もうこのまま今日はビールでも飲んでのんびり文化祭でも楽しもうかって気分だったが、会場はそんな雰囲気ではない。17時会場のギリギリまでスタッフたちは準備をしていた。
出店者たちは各々のブースを作り上げており、中には聞いたことのあるアーティストの名前もあった。そういう風に名の売れた人を目の当たりにすると、ますます自分がちっぽけな存在に思えてしまう。みんな力のいれ方が違うのだ。僕のようにお気軽なムードで出店しに来た人間なんてそこにはいなかったように思える。
まぁ、そんなのは単なる負い目でしかない。

僕に与えられた出店スペースはなかなかに目立つ場所だった。
来場者が必ずそこを通過するような場所だ。
バッグから画材を画材を取り出すが、机の上には看板と紙くらいしか乗っていない。準備不足感が否めないな。
そうこうしているうちに17時となり、とうとう文化祭が始まってしまった。
なんだか来場者たちも、いままで僕が会ってきたような人たちとはいくらか毛並みが違っていた。
そうか。このイベントはマサトさんだけのものではないんだ。
きっと出店者たちがそれぞれに集客をしているんだろうな。
「もしかしたら
お客さん全然来ないかもしれないな」

そう僕は思った。
これでお客さんが来なかったら惨めな気持ちになってこの会場を去るハメになるだろう。
そんな濡れネズミな自分を想像している時に、声がかかった。
「あれ!シミさん!
僕ですけど、覚えてます?」
そこにはアロハシャツを着た笑顔のお兄さん。
す、す、すいません、すぐには思い出せませんでした。
そんな僕を気遣ってか、自己紹介を(再び)してくれるお兄さん。
話ぶりからフィジーという国に熱い想いを抱いているヒロキさん。フィジーに関係する仕事についているというのでピンときた。
なんと去年の世界一周学校開校式の時に僕はコウキさんと会っていたのだ。
そうだ。その時もフィジーの話をしてくれてたっけ?
「あの時は忙しそうで似顔絵描いてもらえなかったんですよ。だから、今回は描いてもらおうと思って。もう忙しかったりしますか?」
もう泣きそうだったね。僕は。
あぁ、じゃあ僕はこの人のために似顔絵を描こうって心の底から思えたよ。

コウキさんはの似顔絵ができる頃には、別のお客さんが声をかけてくれるようになった。
大忙しというわけではなかったけれど、ポツリポツリとオーダーが入る。
しかもみんな嬉しそうに僕の似顔絵を受け取ってくれた。




あぁ、なんかやっぱりこういうのっていい。
一番の驚きだったのは
一週間前に出店したゲストハウス「IZA 鎌倉」でお会いしたミユキさんという方が遊びに来てくれたことだった。
その時僕はミユキさんの娘さんとその彼氏に似顔絵を描いたのだ。
なんとミユキさんは編集に関わるお仕事をなさっているそうで、今回は僕に仕事の依頼を持ってきてくれたのだという。
うわ〜〜〜〜!!
これだ〜〜〜〜!!!
内容はミユキさんの編集する医療関係の雑誌に似顔絵を描くというもの。刊行までに一年近くかかるらしく、長い期間に渡る仕事だが、その分僕もゆっくり仕事をすることができる。もしかしたらポシャる場合もあるかもしれないけど、やって損はない!
「これ!シミくんに差し入れ持ってきた!」
と言っていたずらっぽく笑うミユキさん。
出てきたのは
しゃり蔵5個(笑)

「え??この前のブログ読んでくださってたんですか??!!
まさか僕が口内炎で苦しんでいるって知っていて??」
「違うのよ。私もね。あの時ちょうど同じものを食べてたのよね。だからこれを持ってきたの」
しゃり蔵とは他に、ミユキさんの手作りのお菓子なんかもいただいて、気分はさらにほっこり。きっと今日はいい酒が飲める。
イベントに誘ったとびーも遊びに来てくれた。
写真撮ってないや。ごめん!でも嬉しかったぜ!
出店者の方々から似顔絵のオーダーをもらうことが多かった。
僕も代わりにコーヒーを買ったり。
なんだかこういのって不思議。会場内で小さな経済が循環している。





時折、メインステージの方でマサトさんがマイクに向かって何か叫んでいるのが聞こえる。
が、出店エリアからはその様子を見ることはできない。
なんだか似顔絵も終盤に向かうにつれて急に繁盛してきたような気さえした。
そして
いつの間にか文化祭は終わっていた。

ほんとにそうなのだ。
僕はここで出店して似顔絵を描いていただけ、ここが三井ホールであることさえ忘れていた。
21時を過ぎた会場では来場者たちはすぐに帰ってしまい、出店者たちは時間に追われるようにして片付けをしていた。
チップを入れた僕の胸ポケットは紙幣でいっぱいになっていた。エグいくらいに。
ちょうどそこで「腸もみ」をしているお姉さんたちが近くで談笑をしていた。
その「腸もみ」なるマッサージを施行することによって、腸の環境がよくなり、ダイエット効果もあるという。そのマッサージ師のお姉さんは「腸もみ」により一週間何も食べなくてもいい体になったとか。
その「腸もみ」のお姉さんはなんと長崎からやってきたらしい。この文化祭に来るためにやってきたのだ。
「腸もみ」の方も大繁盛だったらしい。
そのお姉さんは明るい声でこう言った。
「お金は全部寄付してきた!」
ぜ、ぜんぶ…???
僕はー、
胸ポケットにたんまり入ったお金が全部自分のものだと、思ってしまっていた。
いや、そこから何千円かペイバックすればいいやとさえ考えていた。
おいおい。それは違うだろ?
この文化祭はなんのために開かれたんだ?
少なくとも、主催者のマサトさんたちは、人の優しさによる態度経済のようなものを信じてこのイベントを開いている。
表向きには出店料のことは書いていないけど、だからと言って、それはタダで好き勝手ができるという意味じゃない。
もちろん僕にも生活があるので、トイレでアガリの集計を済ませ(えへへへへ)、全額を計算すると、アガリの50%はマサトさんに渡すことに決めた。
確かにこれは似顔絵を描いて得たお金だけれど、それはこの空間を支持する人たちが僕に渡してくれたお金でもある。だからこのお金をマサトさんに渡してもいいと僕は思ったのだ。

僕たちが最後の片付けをしていると、一人の小柄なお姉さんが僕に声をかけてきた
「あ!シミくん。あなたのことマッサージしたかったのよ!」
このお姉さんはさきほどの「腸もみ」とは違い、マッサージを通して人の心のわだかまりもほぐしてくれる人だった。
さっきそのマッサージを受けている人が泣いているのを見た。
肩甲骨の真ん中あたりに円をかかれる。
そしてお姉さんがいう。
「あなたはーー、
この星を旅するために別の星からやってきました。
だからあなたが旅をすることは自然なことです。
そして、
あなたが抱えてる心の穴だと思っているものは
実は三年前に消えています。
だから大丈夫。大丈夫だから」
その時僕は、一体何が自分の心の穴なのかよくわからなかった。
だけど、それがなんであるか、訪ねるのも違う気がした。
「わかりました。自分と対話してみます」
とだけお姉さんには答えておいた。
そんな不思議な体験をした。
え?おれ、宇宙人ってこと?
僕は、その日楽しみににしていた文化祭そのものは似顔絵が忙しすぎてちっとも見れなかった。だけど、それはここにいる他の人たちだって同じなんだと思う。
ボランティアスタッフにはスタッフの楽しみが。
出店者にはそれぞれの楽しみが。
演者には各々のパフォーマンスが。
ただ、会場に最後まで残っていた製作スタッフたちのヘトヘトな姿を見ていると、
僕はなんだか文化祭の雰囲気を感じ取ることができたのだ。
あぁ、文化祭ってさ、こんな感じだったよな
というように。

その日はひさしぶりにチットチャットで生ビールを飲んだ。
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