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地元の柿生駅
にミスタードーナッツがある。
僕はそこを頻繁には利用したことはない。
大学時代も一度か二度、そこでコーヒーを飲みながら読書をしたくらいだと思う。
特に思い入れもないミスタードーナッツ。もうずっと昔からそこにある気がする。
柿生駅は小さな駅だ。急行電車は停まらない。
そして駅も小さければ街の規模だって小さい。
「柿生商店街」と名のついた通りは商店街と呼べるほどの広さはなく、道幅が極端に狭い。歩道がないため、後ろや前から車が来る場合には歩行者たちは道の端によらなければならない。
駅周辺や商店街に立ち並ぶ店のいくつかは閉店したり、新しいのができたりを繰り返している。駅の正面には「魚民」があるが、こんな小さな町で一体誰が利用しているのだろうと心配になってしまうくらいだ。ちなみに「魚民」の前には100円ショップがあった。
僕が知っている店の中で十年以上続いている店は「とん鈴」と呼ばれるトンカツ屋さんだ。僕はそこに入ったことはないが、どうやらすごく美味いらしい。そして店長がが厳しいのですぐにバイトが辞めてしまうので、しょっちゅうバイトの募集がかかると話に聞いている。
そんな神奈川県の小さな町、柿生の駅前に佇むミスタードーナッツ。
一体いつ店がオープンしたのかは知らないが、ずっと同じ場所にあるのだ。一度リニューアルオープンをしたように記憶している。
そして僕はそのミスター・ドーナッツを柿生の一部と捉えていた。

最近
ミスター・ドーナッツはコーヒーのおかわりが無料であることを思い出した。
それもあってか、久しぶりにその駅前にあるミスター・ドーナッツに足を運んでみた。行ったのは「旅祭」の前だったと思う。
店内は20席ほどしかないが、どこか落ち着いた雰囲気がある。
店に来る客は地元の人間がほとんどだ。男性客は年配が多く、一人で来る者が多い。
逆に女性客は色々な層の人間がやってくる。お年寄りからベビーカーを押した主婦たち。中高生なんかはテーブル席で楽しそうにおしゃべりしているし、塾帰りの小学生が友達とやって来ることもある。
そんな地元の小さなミスタードーナッツに親近感を覚えないわけがない。
店の雰囲気をよくしているのは店の人のサービスがいいこともあった。
都内でもなかなか巡り会えないくらいの店員さんのとびっきりの笑顔の接客に感心せずにはいられなかった。彼女たちは(僕はこの店で男性店員が働いている姿を見たことがない)自分がドーナッツ屋の一部であるかのように振る舞うのだ。さながらドーナッツ屋の妖精たちとでも言おう(笑)。
駅前のロータリーの見えるカウンター席で僕はコーヒーを飲みながらオールド・ファッションをかじった。
ちょこちょことつまみながら食べるんだったら、オールドファッションはぴったりだ。そのポソポソした感じがいい具合にコーヒーとよく合うのだ。
久しぶりにミスタードーナッツで時間を過ごした僕は、僕はどこかいい気分になれた。

今日
隣町へ似顔絵用の紙などを買いに行った帰り、数時間本が読みたくなって、また柿生駅前のミスター・ドーナッツへと足を運んだ。
そこでコーヒーとオールド・ファッションと本(新潮文庫の短編集)を楽しんだ。
帰り際、自動ドアに白い紙が貼り付けてあるのがわかった。バイトの募集か何かだと思ったのだが、
そこには
9月で閉店になることが書かれていた。

その時、僕は初めてそのミスター・ドーナッツが29年も長い年月を柿生駅の前で店を開いていたことを知った。
昭和63年ということは僕が生まれる前からそこにいることになる。
僕はその29年間の中でミスター・ドーナッツが辿ってきたであろう歴史を想像してみた。
子供の頃にそこを訪れたことのある人間は今ではもう立派な大人になっているだろう。親から子供へ世代が引き継がれているはずだ。そこで働く人たちも同じように歴史を紡いできたことだろう。
天気のいい日もあれば、台風の日もあり、雪が降った日もあっただろう。
繁盛した日もあれば、客足が伸びずに悩んだ日もあったかもしれない。
人間にも人生があるように、店にも生きた歴史、ストーリーが詰まっているのは当然のことだ。
僕はちょっと悲しい気持ちになった。
『もしかして、営業不振で店をしめることになったのかも?』と考えたが、僕が行った感じでは閑古鳥が鳴いているようには見えなかった。
約30年か。
店長が、もし代わっていないのであれば、
ずっと同じ一人の人間がやってきたのであれば、
もう店を閉じる頃合いなのかもしれないな。僕はそう考えた。
そうだ。
ここは、悲しむのではなく、長いあいだこの場所で彩りを加えてくれたミスター・ドーナッツに対してねぎらいの気持ちを持つ方が大切なんじゃないだろうか?
僕は決して足繁く店に通った人間ではなかった。
ドーナッツは大好きだけれど、作業場としてはあまり候補にあがらない。WiFiだってないのだから。
だけど、そこに見慣れたあの店がいてくれたことは、
一種の安心感を僕に与えてくれていたのだ。
だから僕は言いたい。
「おつかれさま。
美味しいドーナッツとコーヒーをありがとう」と。
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