▷15分間の重み

 

 

「15分間」と聴くと僕は4分の1のピザを連想する。

 

時計をピザに例えただけだ。こう、書いていてふと思ったんだけど、「時間って丸(まる)」なの?ん?まぁ、いいや。

別にケーキでもおせんべいでもいいのかもしれないけど、僕にはピザが一番しっくりくる。

英語でも「クォーター・アワー」とか表現するし、一時間の半分の半分だってことはわかる。僕はなんだか15分間ってヤツを形でとらえているみたいだ。(というかそもそも僕は”quaeter”っていう英語も同じように形で認識している)

 

数字で表すとなんだか10分に毛が生えた程度の時間のような気がするけど、15分を四回繰り返せば「1時間」という単位に切り替わる。

取るに足らないような時間に思えてけっこう存在感のあるヤツなのだ15分ってやつは。

『まだ15分しか経っていないや』と思っても、そんな時間感覚で過ごしていたらあっという間に時間は過ぎ去ってしまう。あれって不思議だ。

15分を甘く見ているとジワリジワリと自分の時間は失われていってしまう。

15分は重い。

 

 

 

朝アラームが鳴ってすぐに起きられない時、『あとちょっと..』と思ってかける15分間のインターバルは人を再び深い眠りに陥れる。昼寝をするのであれば15分じゃ物足りない。そんなに早く寝付けるとは限らないし、まるっと30分は欲しいとこだ。

食事にかける時間だとしたら少し短いような気もする。夕飯であれば、もうちょっと味わって食べてもいいだろう。

トイレに15分はかけすぎた。怪しまれても反論はできない。

作業をするとなると『よし!調子が上がってきたぞ!』となってくるのに必要な時間のような気もする。

脳の集中力の持続時間の限度は15分と効いたことがあるけれど、それってどうなんだろう?そうであれば長いこと気を張って作業している人たちはどうなっちゃうの?

ランニングだったら15分も走っていれば、体が走ることに慣れてきて、走り出したときよりも体が楽になってくる時間だ。もしくは既に体が慣れた状態でいるか。

読書をするのにはちょっと物足りない。小説を読んでいるのであれば、その世界に入り込んだぐらいのタイミングだろう。エッセイなどの短い文章だったら15分で読むにはちょうどいいかもしれない。

15分しかカフェにいないのであれば、僕だったら、なんだか損をした気分になってしまう。『え?まだ入ったばかりじゃん!』って。

エンターテイメント性のある映画だったら最初の15分が勝負だろう。観客が食いつくか興味を失くすかの分かれ目だ。予算の少ない日本の映画はここでグダつく場合が多い。

これがポップミュージックやロックだったら一曲にかける時間としては釣り合いが取れない。リスナーも飽きちゃうだろう。

親しい友達とバーで会うのも15分じゃ味気ない。ビール一本飲んでさよならだ。二本目のビールは各自で飲むしかない。話す内容だって「よう。最近調子はどうだい?」くらいから始まったら本題までたどり着く間に時間切れだろう。

銀行強盗をするのには15分で犯罪を完遂するかどうかがプロとアマチュアを分けるボーダーラインになっている気がする。時間をかけるような犯人たちだったらすぐに警察を呼ばれてしまい、人質をとって立てこもらざる得ないだろう。そうなると無事に逃げ果せる確率はぐっと下がってしまう。

古典ミステリーなんかに出てくるような密室殺人に当てはめてみたらどうだろう?ここも15分くらいがちょうどいいんじゃないかなと思う。って僕、あんまミステリー読んだことはないけどさ。

 

「15分間」をひとつのくくりとして考えると、なんだか物足りなさが強調されることの方が多い気がする。いや実際に多いだろう。

では反対に15分でカタがつくものにはどんなことがあるだろうか?

 

 

そう考えたときに、僕はキリのいい15分ぴったしに収まる「何か」を想像できない。せいぜい歩いてコンビニに言って戻ってくる時間ってところだろうか?いや、何を買うかで微妙に左右されちまうな。

だってそれより短い時間で済んでしまうのであれば、それは15分ではないからだ。短すぎず、かと言って時間をオーバーせず。感覚でいうと13分45秒から16分をちょっとだけ過ぎてしまったところまで。

 

時々、制限時間内に料理を済ませてしまう番組(コーナー)があるけど、あれは強引に15分に収めているだけにすぎない。不自然な15分だと思う。

ウルトラマンはわずか3分で仕事を終えてしまうけれど、彼こそ正真正銘のプロフェッショナルではないだろうか?給料もらってないけどね、彼。

 

まぁ、人はそれぞれ暮らしがあるから、自分の生活の中のどこかには15分と天秤が釣り合う何かがあるのかもしれない。家から駅までの距離とか風呂釜にお湯を張るのにかかる時間だとか、その程度のことだったらひとつかふたつはあるんじゃないかな?

それに時間はぶつ切りにできるものじゃなく、切れ間なく続いていくものだから、そもそも、この「15分間」という概念を持ち出したこと自体がナンセンスなのかもしれないね。

 

 

そうして僕は15分とはまったく関係ないところでのんびりとこの文章を書いている。

それでも時々意識しちゃうんだよ。

15分ってやつをさ。

 

 


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