手間暇かけた方が美味しい
ビザを申請してしまえばあとはこっちのもの。
ビザ申請から5日。
僕は九段下にあるインド大使館へと向かった。
大使館でビザを取るのにはお金も時間もかかる。
ぶっちゃけ、郵送した方が費用は安くなるし、
更に言えば、アライバルビザの方が手っ取り早く取れる(しかも60日有効!)
けれど、僕は前向きに考えることにした。
なんだって、手間暇かけた方が美味しくなるのだ。
料理なんてまさにそうじゃないか。企画にせよ、絵にせよ、時間をかけた方がいいものになることの方が多い。
ビザが取れたってことは、
『インドに行ってもいいですよ』というお墨付きをもらったようなもの。
それに普段行かないような街を歩くのもいい。
東京駅で電車を降りた僕はそのまま皇居をぐるっとまわって九段下まで歩いた。
お濠のランナー
お濠では鴨や名前のわからない水鳥たちが気持ちようさそうに泳いでいた。
外国人観光客たちの姿もよく見かける。まさか皇居が観光地的な役割を果たしていたなんて知らなかった。
皇居の周りには何種類かの人たちがいるのだけれど、
その中で一番割合が多いのがランナーだろう。
皇居の周りを走るランナーはけっこういいランニングウェアに身を包んでいた。
ランナーは色々タイプの人間がいる。
足の動かし方が軽やかな人もいれば、ドスドスと重たげに足を運ぶ人もいる。
一番面白かったのは信号ですれ違った汗だくのランナーだ。
今日が暖かい日だったこともあり、他のランナーたちと比べるとTシャツとハーフパンツという軽めの服装で、坊主頭にメガネをかけた背の高いお兄さんだった。
彼がどれだけ走ってきたかはわからないが、顔から汗が滴り落ちていた。
横断歩道を渡る時、彼が漏らした言葉は
「しんでえぇぇぇ〜〜〜…」
だった。
僕はそれを耳にした時、思わずにやけてしまった。
だって、そこまで自分を追いこんでランニングする彼は一体どんな目標を掲げているのか気になったからだ。
ランニングという行為自体を楽しむ人もいれば、
中には自分に課した「やらなければいけないこと」のひとつと考えている人もいるだろう。
ランニングという運動自体は自発的なものだ。
誰かから頼まれたり、命令されてやるものではない。
きっと、お兄さんはビギナーのランナーなのかもしれないな。ちょっと思いつきで皇居の周りを走ろうと思ったんだけど、実際に走ってみたら想像以上にキツかった。
たぶん、そんなところなんだと思う。
皇居の周りを走る人たちの姿を見ていると、自分も走りたくなってくる。
家の近くにこんなランニングコースがあったらどれだけ走ることが楽しくなるだろう?
家の近所は車の往来が激しく、時には排気ガスの臭いに顔をしかめることもある。
皇居の周りを一度でいいからランニングしてみたい。
そんなことを思った。
走る代わりに僕がやっていることと言えば歩くことだ。
買ったばかりのVANSの靴はまだ足に当たって痛いけれど、歩くこと自体は嫌いじゃない。
思えば、旅をしている最中も僕は歩いてばかりだった。
ひたすら安い宿をを探して彷徨ったかと思えば、交通費を浮かせるために、何キロもヒッチハイクができそうな場所まで歩いたこともあった。
今度の旅にはどんな靴を履いていこう。
東京駅から九段下までかかった時間は30分ほどだった。いい運動だった。
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人の後ろ姿を見るのは慣れてる
ビザの受け取りは16時から17時のわずか一時間。
しかも受け取りは平日のみだ。
普段会社勤めをしている人だったら、早退か有給を使うか、
さもなければ、代行サービスに(高い)お金を支払ってビザを取得するしかないだろう。
やっぱり手間暇がかかるものなのだ。
僕がインド大使館に到着した時には、すでに十人以上の人たちが列をなしていた。
そのほとんどがスーツやジャケットを着た人たちだったが、ごくわずかに若い人たちの姿もあった。
僕の前に並んでいたのはキャメルのロングコートの着た女の子だった。
足元はナイキのスニーカーに色落ちしたジーンズをロールアップして履いている。
背中にはグレゴリーのデイパックを背負っていた。
そして一心不乱にスマートフォンを覗き込んでいた。
彼女は大学生だろうか?
一体どんな理由でインドに行こうとしているのだろう?
ヨガでも習いにいくのだろうか?
う〜〜〜ん…、全然想像できない。
その服装からは、前にいる女の子が旅をしている姿を想像することはできなかった。
インドに到着するなり、タイパンにタンクトップといったラフな旅人的服装に早変わりするのだろうか?
九段下にあるインド大使館でビザを受け取りにくる人間たちから、彼らがどんな用があってインドに赴くのかは想像できない。
見るからに「インドが好きです!」なんて人はここには来ないのだ。
そうこうしているうちに、16時をまわり、インド大使館の門が開いた。
門番は先日と一緒の若いスタッフだった。
門を抜けると、別のスタッフにバッグの中身をチェックされ、それでようやく建物の中へと入る。
前の人に続くように整理券を取ろうとしていたのだが、今回は整理券ではなく、番号の書いた札をがそこにはあった。
100枚ちかくある札をみんな迷いもせずにとっていく。
最初、どの札をとればいいのかわからず、一瞬うろたえた。
その中でも目につくいちばん番号のわかいものをとった。
番号は「19」。
ということは僕より前に18人並んでいたってことになる。
番号から特にラッキーなものに連想することはできなかった。
ガラス越しにスタッフのお姉さん(って歳でもないけど)たちが
「”サンバン”ノヒトォ〜〜〜!」なんて呼ぶ。
椅子に座っていると建物の中に次々に人が入ってくるのがわかった。
中には他にも大学生くらいの若者の姿もあった。
もしかしたら、8年前の自分と同じようなヤツもそこにはいたかもしれない。
だがみんなオシャレなのだ!まぁ、現実が充実してそうな人たちだ。
くっそ!そんなチャラッチャラした格好でインドを旅できると思うなよ!デリーでこっぴどく騙されればいいんだ!
なんて一瞬思ったけれど、
深く深呼吸して、
「うん。よいよ。よい♪
みんなでヒッピーハッピーになればいいさ」
と心を静める。
僕はiPhoneにダウンロードした電子書籍を読み進めつつ、呼ばれる番号に耳を済ませた。
「ジュウキュウバンノヒト〜〜〜!」
呼ばれて窓口に並ぶと、隣にはさっきまで僕の前に並んでいた女の子がいた。
前回渡された引換券に再度サインし(前回書いた自分のサインの下にまたサインするのだ。よくわからない)、
スタッフはそれを頼りに僕たちのパスポートを探しに行った。
スタッフのすぐ後ろにある机の上にはパスポートがずらっと並んでおり、
それはどうやらABC順で並んでいるようんだった。
そのほとんどは10年有効の赤いパスポートだった。
「ハイ!シミズサン!」
と言って、スタッフが向かったのは僕の隣の女の子のもとだ。
「それ私じゃないです…」
と女の子は弱々しく言った。
ややあって手渡された自分のパスポートの写真を見て、納得がいった。
ビザに印刷された写真はとてもぼやけていたからだ。
そりゃ無理ないか。
だけど、あんなに鮮明な証明写真を撮ったのに、このクオリティってどうだろうか?
まぁ、いいさ。
あとはインドに行くだけなんだ。
そう。インドに出発するまで、あと49日なのだ。
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