僕はインドでこれがやりたい その2

きっかけは高橋歩だった

 

インドに行くうえで、僕のテンションを上げてくれた人物は

「深夜特急」を書いている沢木耕太郎さんだったり、

「ガンジス河でバタフライ」の著者であるたかのてるこさんだったり、

「インドなんて二度と行くか!ボケ!!」のさくら剛さんだったりしたのだけれど、

 

 

 

高橋歩さんも外せない。

 

 

 

彼の伝記には仲間たちとインドを旅した箇所がほんの少し出てくるんだけど、

彼がインドに行ったから、僕もインドに行く上で影響をうけたわけではない。

 

大学に入りたての頃の僕は当時何をやっていいのかわからなくて、

新百合ヶ丘のヴィレッジヴァンガードで自己啓発本や旅本を漁っていた僕は、彼の伝記を読んで

「こんな風にやりたいことをめいいっぱいやって生きれたら、人生どんなに楽しいだろう!」

と衝撃とまではいかないけれど、

「こんな生き方もあったんだ!」という発見の喜びがあったことは間違いない。

今まで自分を押さえつけていた「人生とはかくあるべき」という固定観念から少しだけ解き放たれたような気がした。

 

 

 

 

そんな高橋歩がインドのバラナシに

マザーベイビースクール

という学校を設立したのを知ったのは、インドに行く直前のことだった。

 

 

インドに行くと決めた時、僕はインドに何があるかだなんてちっとも知らなかった。

地元の商店街にうらぶれたインドカレー屋さん(いっつもお客さんがいない)があることを知っていたくらいだ。

 

 

自分がインドに行くこととなり、

だんだんとインドのことを書いた旅行記などを読むようになった。

そしてシナプスがつながるようにして、マザーベイビースクールのことも知るようになったのだ。

あ!ここでつながっていたんだ!って。

 

 

僕がインドでしたいこと。

それは

再びマザーベイビースクールを訪れること。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マザーベイビースクールってこんなとこ

 

この学校の一番のポイントは

「学校に行くことのできない子供たちが学べる学校」

であるということ。

 

日本人スタッフが駐在し、子供たちに読み書きを教えたり、

生きて行く上で欠かせない算数を教えたりしている。

なにやら今では音楽の授業にも力を入れているみたいだ。

 

 

 

マザー・ベイビー・スクールはバラナシに流れるガンジス河から、少し離れた貧しい地区にある

そこらへんを走っているトゥクトゥク(オートリキシャー)を捕まえて「マザー・ベイビー・スクールに行きたいんだけど?」と言っても、運転手は知らないことだったってある。

今は、どうだろ?もうちょっと有名になっているのかな?

 

 

 

僕が始めてインドを訪れた2010年では旅行者が宿泊できるようになっていた

子供たちが帰った後の学校は、旅人たちの憩いの場でもあった。

ムシムシと暑い中、昼はたかってくるハエと戦いながら、夜は襲ってくる蚊と戦いながら

先生をしているスタッフさんを交え、訪れる旅人同士でいろんなことを話しあった。

 

 

中でも面白かったのは

日本人の若いお坊さんがここに泊まりに来ていたこと

 

あの時、彼が何を話したのかは忘れてしまったけど、

デンタルフロスを使って歯の掃除をしている姿は忘れられない

「これ使うようになってから虫歯にならなくなったんだよ!」

という言葉を間に受けて、僕もそれからはデンタルフロスを使うようになった。

インドに行って変わったことのひとつだ笑。

 

 

 

他にも色々とマザーベイビースクールには思い出があるけれど、

僕が2回目にここを訪れた時は、旅人が宿泊できなくなってしまっていた。

 

ただ、この学校では終業時のホームルームの時間に旅人が何かパフォーマンスをする時間が与えられる。

前回2014年に僕がバラナシを訪れた時は、ギターで弾き語りをやった。

 

下の写真が4年前の写真。

 

そして、僕はお団子ヘアをつくため、この一年必死になって髪をのばした。

うん。だってこれ、僕のアイデンティティだもん。

 

歌った曲は「上を向いて歩こう」。もうタブも歌詞もわすれちゃったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校を運営するのは難しい

これはカンボジアに学校を建てる話だけど。

 

 

どこかで読んだことがあるのだけれど、

一時乱立したアジア諸国での学校建設に関するリアルな記述を僕は未だに覚えている。

そこにはこのように書かれていた。

 

「発展途上国に学校を作ることは金さえあれば簡単に建てることができる。

問題はそれを続けて行くことだ。

多くの日本人が建てた学校のほとんどは継続が難しくなり、

閉校となってしまっている」

 

 

どうしてかっていうと、

先生にお給料を出さなければいけないし、

毎年やってくる子供達のための教材なども補填しなければならない。

授業の質が保てないのであれば、そこは学校としても機能しないからだ。

もちろん学校を建てることに意味がないといっているわけではない。

 

 

 

 

 

 

 

そういう事実がありながら、

マザー・ベイビー・スクールは今もなお、学校としてバラナシで子供達と旅人を迎え続けているのだ。

スタッフさんのブログを発見した時、僕は思わず泣きそうになっちゃったよ!

だって2007年から続いているんだよ!マジですごい!

 

 

 

 

2014年の世界一周の道すがらにマザーベイビースクールを訪れた時は、

2010年当時のスタッフさんたちは変わってしまっていたし、

その時学校で学んでいた子供達も卒業してしまっていたけれど、

子供達はあいかわらず学校での授業を楽しんでいたし、

新しいスタッフさんたちはそこでの活動に誇りを持っていた。

 

 

 

 

 

 

そんなマザーベイビースクールをもう一度訪れてみたい。

迷惑じゃなければ、似顔絵の授業なんてやってみたい。

 

それが

インドで僕がやりたいこと

 

 

それにしても

あの時飲んだ、ぬるいコーラは

どうしてあんなにおいしかったんだろ?

 

 

 

 

 

 


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ABOUTこの記事をかいた人

「旅する漫画家」。世界一周後(2013-2016)、現在は海沿いの町に潜伏中。そろそろ旅がしたいぞ!