「ケレタロは週末に賑わう」

世界一周742日目(7/11)

 

 

「ケレタロは

別にいかなくてもいいんじゃないですかね?」

 

 

グアナファトで会った
洋服ジャンキーのオカノくん(建築学部生)は
そう言った。

特に観光的な見所がないということなのだろう。

 

 

だが、ここからメキシコシティに直接行ってしまうのは
どこかもったいないような気がした。

ケレタロについて調べると大きな水道橋の写真が出てきた。
メキシコ人が住みたい街、第三位らしい。
なんか前も三位ってあったな。

そうそう。グアナファトは治安が三位だった。

 

 

情報収集を続けてると120ペソで泊まれる安宿も見つけることができた。

二日前に買ったバナナやトマトを食べながら、
僕はマップに位置情報を記録した。

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ここはメキシコ、サン・ミゲル・デ・アジェンデ

向かうはSantiago de Queretaro。
名前が長ったらしいので、みな「ケレタロ」とそう呼ぶ。

 

 

 

 

 

宿をチェックアウトすると
来た時とは別の道を歩いてバスターミナルまで向かった。

相変らずどこも道幅が狭く、歩く分には不便なのだが、
視界に入ってくる景色は僕を楽しませてくれた。

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はっっっ!!!

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ヤクルトッ!!!

 

思わず日本買って、その場で飲んだ。
案の定、それからまもなくお腹がゴロゴロ鳴りだした。

 

 

 

 

 

ケレタロは隣接する街で距離も離れていない。
チケットは65ペソ(505yen)だった。メキシコにしては安いだろう。

快適なバスに揺られ、
『昔はメキシコを旅するのもこんなに楽じゃなかったんだろうな』
とぼんやり思った。

時代は変わったのだ。

旅人のほとんどがスマートフォンやパソコンを持ち、
クレジットカードさえあればどこでも現地通貨が手に入る。
日本だけじゃなく、他の国もどんどん豊かになって行く。

そこにはかつてのようなアドベンチャーはないだろう。
それを気にする必要があろうか?いや、ない。

日本の外に出れるハードルはずっと低くなり、
他の国も旅がしやすく快適なものになった。
どこでだって情報は手に入る。それでいいじゃないか。

見たいものを見る。知らないことや人に出会う。

旅とはそういうものではないだろうか?

 

 

そんなことを考えているうちに
バスの中ではすっかり眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

起きた時にはバスは大きな街の中に入っていた。

バスターミナルは街の端の方にあった。

多くの人がここのバスターミナルを利用しているようだ。

出て行く人、帰ってきた人の両方がいる。
そんな人の多さを見て僕はケレタロの街にワクワクした。

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セントロまではバスで行くことにした。7ペソ(56yen)。

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GPSを確認しながらどこで降りるかも検討をつけておく。

少し手前で降りてしまったが、たまたま見つけた店で
なんとタコスがひとつ6ペソ(48yen)で売られていた。最安値だ。
今までこんな安いタコスを食べたことがなかった。

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二つだけ注文して立ちながら食べた。

美味しそうに食べていると隣りに座ったおっちゃんが
「そうだろ?ここのタコスは美味しいだろう?」
とでもいいたそうな顔をして口元をゆるめていた。

現地の人に交じって食べる。
一見なんてこともないワンシーン。
だけど、それは日本にいたらできないことだ。

 

 

 

宿への距離をつめていくと、

横断歩道でジャグリングをしている
メキシコ人のバスカーを見つけた

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信号待ちの車相手に三つのクラブを投げて芸を披露していが、
あまり上手くないのか、どこかぎこちなく、
時々クラブを落としていた。

近づいた時に分かったのが、

彼には左腕がなかった

つまり彼は片手だけでクラブを投げていたのだ。

しかも同情を買う様な悲壮感は全く感じられなかった。
ニコニコして顔ににじんだ汗は爽やかな印象さえ僕に与えた。

僕はジーンズのヒップポケットから5ペソを取り出して渡し、
隻腕のジャグラーに親指を立てた。

 

 

 

 

 

横断歩道を渡ると宿はもうすぐそこにあるようだった。

調べた情報は一年前のもの。
それなら値上がりしてもせいぜい130ペソくらいだろうと踏んでいた。

ただしめんどくさいのは管理人が不在の時が多いらしく、
電話しなければならないということだった。

宿の情報が書かれたブログは自転車で世界を旅する人が書いたもので、
丁寧に入り口の写真だけでなく住所を載せてくれていた。

 

 

マップを頼りに宿があるらしい通りを歩いたのだが宿は見つからなかった。

二階くらいの高さに「HOSTAL」の看板を見つけたのだが、
入り口は開いていない。
ブログによると連絡先を書いた紙がそこに貼ってあるらしいのだが、
それすら見当たらなかった。

近くにいた人たちが
「ここの宿はもうやっていないよ」と僕に教えてくれた。
中からは人がいる気配もしない。

きっと人気がなくてやめてしまったのだろう。
わざわざ管理人に電話を
しなければならないようなホステルだ。それも頷ける。

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僕は諦めて他の宿を探すことにした。

先ほどのホステルが営業していないことを教えてくれた人は
代わりの宿を僕に教えてくれた。

教えてもらった場所はわずか50m先にあった。
どう見ても宿には見えない。

ノックをしていると中から背の高いヨーロピアンが出て来た。

 

 

「君もここに部屋を借りたいの?」

「いや、借りるだなんて。二日くらいでいいんですけど..」

「いま丁度一人出て行くとこなんだ。君は運がいいよ」

「え?いくらなんですか?」

「1800ペソかな。一ヶ月で。破格の価格だよ?」

「いやぁ..そこまではいないかな?」

 

 

一日60ペソ。確かに安い。
『漫画を描くにはいいかもな』と一瞬思ったが、
僕は再び宿を探すことにした。

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二軒目のホステルも一応調べておいた。

場所もすぐ見つかった。

カウンターで値段を訊いてみると、ドミトリーで180ペソ(1,370yen)。

これは欧米人価格だろう。見た感じ作りも綺麗だった。

そもそも調べていた値段と違っていた。
一年前のブログから30ペソも値上がりしていたのだ。

 

 

「もう少し安い宿はありませんか?」と
僕はホステルのスタッフに尋ねた。

英語が堪能で良心的なスタッフの女のコは
別のホステルの場所を教えてくれた。

 

 

ケレタロの宿が集まる場所は狭い路地で構成されていた。
向こうから歩行者がやって来ると、僕は車道に出てそれをやり過ごした。
通りを三つほど渡れば宿があるとのことだったが、宿は見つからなかった。

 

 

 

 

広場に突き当たり、
僕は日陰でバックパックを降ろして少し休憩した。

「今日は野宿かもな..」

僕はそう思った。

 

 

安宿がなければここに長居したくはない。
歩いてみた感じ、ケレタロにはそこまで魅力は感じられなかった。

もう一軒ホステルが逆方向にあった。
僕はそこへ行ってみようと別の道を歩いて戻ることにした。

小さな売店でサンドイッチを買い、
再び歩き出しすと教えてもらったホステルが目の前に「ふっ」と現れる。

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「これじゃねえか..」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

HOSTEL OCOTE

はこじんまりとしたホステルだった。

教えてもらわなければ通り過ぎてしまうような場所だった。

内装の一部は工事中らしく、入り口付近には脚立が立てられ、
ドアには塗料が付着しないようにビニールがかけられていた。
カウンターでは若いスタッフが暇そうにスマートフォンをいじっていた。

僕が声をかけると「ごめんね」と言うかのように
ニコッとして対応してくれた。

そういう「笑ってごまかすカンジ」嫌いじゃない。
シチュエーションと人に寄るだろうけど。

 

 

 

一泊150ペソ(1,142yen)。

たかだか230円を浮かすか、この町滞在することを
やめるか迷うのが馬鹿らしく思える時もある。

ひとまず一泊分だけ宿代を支払うと、
僕はドミトリーに案内してもらうことにした。

 

 

ドミトリーの電気は消されたままだった。

そして独特な臭いが染み付いていた。
男たちの汗や体臭やその他諸々のフレイバーがミックスした臭いだった。
老朽化した建物や家具の臭いではないことは確かだった。

ベッドは10台ほどあったが、そのうち二つは誰かが使っていた。
白いタンクトップを来た中年の男性が体をおこして
軽くこちらに一瞥をくれると、また横になった。
メキシコ人もここのホステルを利用するのかもしれない。

端のベッドの一段目に荷物を置くと、
僕はサブバッグとギターだけ持って外に出てみることにした。

目当ての水道橋はこの近くにあるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

あてずっぽうで僕は歩き出した。

行き当たった広場では何か小さな催し物が開かれているようだった。
その手作り感が代々木公園でのイベントを思い出させた。

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なんかベンチっていいな。

 

 

 

広場から少し進むと、いい感じの通りが続いていた。
路上演奏にはもってこいの場所だった。

露天商たちがアクセサリーやら手作りの石鹸を売っていた。

僕は歌いたくなるのをこらえてさらに進んだ。

 

 

 

さらに進むと欧米人のバスカーが満面の笑みでギターを弾いていた。
左右に歩きながらよく通る声で歌っている。
ギターケースの中にはえげつないくらいにコインや紙幣が詰め込まれていた。

テクニックもさることながら、欧米人が歌う英語は様になる。

そりゃ稼ぐよな。
彼がいなくなった後に僕も同じポジションでやることにしよう。

密かにそう決めて僕はケレタロの散策を続けることにした。

 

 

 

さらに進むとさらに大きな広場に出た。

ここから人も多くなってくる。

もう僕は我慢の限界だった。やるなら今だ。稼ぐなら今だ!

噴水の前で僕はギターを構えた。
向こう側からやってくる人たちと目が合う。ニヤリと笑い返す。
少しの緊張は感じても、恥ずかしいだとかためらいはあまり感じなくなった。

声の調子もいい。アップの曲ですぐにレスポンスが入る。
メキシコでやるバスキングはいい♪

 

 

だが3曲目に移るか移らないかのタイミングで
僕は演奏を止めざるえなくなった。

現地のカラオケバスカーが
僕への当てつけのようにすぐ近くで歌い始めたからだ

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チップ入れは手に持たない方がいいんじゃない?

 

 

「ははは..」と僕は笑うことしかできなかった。
ここで場所を譲らず競う合うようにして歌うつもりもなかった。
現地のバスカーは立てないと。

近くでアンケート調査みたいなことをしていた女のコたちに力なく笑うと
僕はその場所を後にした。

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ケレタロの面白いところは広場がいくつもあるということだった

次に足を踏み入れた広場は片面をレストランやカフェが取り囲み、

反対側ではステージが組まれ、大型スクリーンを使って
キャンプ用品のプロモーションを行っているブースもあった。

多くの人がいたが賑やか過ぎて
ここではギターを弾くことなんてできなかった。

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ナイス顔!ミニオンのボスのつもりなんだろうなぁ。

 

 

 

その広場を通り過ぎ、
見つけたこじんまりとした噴水の前で僕は欲求不満を解消した。
レスポンスはそこそこあったが、いいわけでもなかった。

一時間ほどそこでバスキングをすると僕は辺りをぶらつくことにした。

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次はお兄さんの番ね。

 

 

 

 

僕はたまたま見つけた感じのよさそうなカフェに入った。

アメリカーノを注文するとテーブルにパソコンを広げた。
いつまでたっても日記がリアルタイムと追いつかない。

MacのWi-Fiの調子もよくはなかった。
テキストエディットを起動していつものように旅の日記を書いた。

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嬉しかったのはアメリカーノが想像以上に大きかったことと、
店員の女のコがキュートで愛想がよかったことだ。

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夕方前に

僕は再び広場の方へ行ってみることにした。

人の数が増えたような気がする。

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先ほど欧米人のギターを弾いていた場所へ戻ってみると、
運のいいことに誰もそこでパフォーマンスをしていなかった。

早速僕もそこで演奏を開始したのだが感触はよくない。
通りは人の行き交いでいささかうるさ過ぎたし、
やはりどこからともなく別のパフォーマーが現れて音をぶつけてきた。

僕は数曲で諦めた。

なんだか消化不良だ。もっとガツンと唄いたいのに。
ここにはライバルが多過ぎる。

 

 

 

 

結局戻ってきたのは最初に見つけた広場だった。

一番目立つ銅像の前でギターを構えた。
丁度真向かいに大きな建物があり、思っていた以上に声が響いた。

広場の催し物は終ったようで、
今では子供たちが銀色のリボンがついたスーパーボールを
石畳に跳ねさせて遊んでいた。

バルーンを大量に持ったおばさんが哀愁を漂うわせていた。

 

 

周りに他のバスカーもいない。そして音も響く。
そんな環境で歌えればもう十分だ。

思う存分歌った。意外なほどに手応えがあった。
みんなわざわざ僕の前まで来てコインを入れてくれた。

コインを入れてもらう度に僕は「グレシャス」とお礼を言う。
それがたとえ演奏の途中であってもだ。

 

 

日が暮れるまで唄ってギターをケースに収めた。

もう今日はこれ十分だ。

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もっと奥の広場はどんな風になっているのだろうと
僕は寄り道をしてみることにした。

中心地はさらに人で溢れ、活気に満ちていた。

まるでお祭りのようだった。そうか今日は土曜日か。

 

 

もちろん至る所にバスカーがいた。

この町でよく見かけるのは制服を着たオルゴール弾きだろう。
手回しの大型のオルゴールを弾くパフォーマーがいる。
メロディーは単調でオルゴールを弾く人間以外に
コインを回収する人間がいる場合が多い。

最初このパフォーマーを見たとき、僕は物珍しさからコインを渡したが、
ここには何組も同じパフォーマーがいるのだ。

メロディーは若干異なっているが、
何度も同じメロディーを聞かされるとやかましいとさえ思ってくる。

見た感じそこまで稼げているようではない。

回収役も通り過ぎる人たちに帽子を差し出して
お金を入れてくれるように催促するだけだ。
あまりひねりが効いているとも思えない。
これで回収役がダンスでもすればまた違ってくるだろうに。

 

 

 

そんな賑やかな町をフラフラしていると、
僕は一カ所いい感じの路地を見つけた。
まるで僕のために空けられているようなポジションだった。

土日で声を枯らしてメキシコシティに行くのもありだろう。

 

歌っていると、声をかけられた。

そこにはサン・ミゲル・デ・アジェンダで会った
中国人の女性が声をかけてくれた。

それにつられてかは分からないが、
ドラゴンボールの歌をリクエストしてくる
メキシコ人の男の子も話しかけてくれた。

いや、コイツ始終「チャラッ!ヘッチャラ!ヘイ!シング!」
とかうるさかったな(笑)。

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宿に帰って集計してみると、535ペソ(4,177yen) があった。

アメリカやヨーロッパで15ドル程度が僕の相場だったのに。
どうしてそれより発展していないこの国で稼げるのだろうか?

人々は温かく、路上パフォーマンスに対して寛容だ。
受け取るコインは1ペソが多い。わずか8円。だがそれが積もるのだ。

いや、稼ぎに行っているんじゃねえんだけどさ。

なんつーの。ほんとうにありがとうございます。

レスポンスあると嬉しいし、
お金のない今の僕には旅を続ける貴重な財源です。ざっす。

 

 

 

仕事(ってわけじゃないけど)の後のコーラが美味しい♪

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ABOUTこの記事をかいた人

「旅する漫画家」。世界一周後(2013-2016)、現在は海沿いの町に潜伏中。そろそろ旅がしたいぞ!