孤独なペイントの話 2

 

 

6月17日。土曜日

 

 

 

5時半頃に目を覚ました。

『睡眠時間三時間かぁーーー…、頑張ってんなぁおれ』

という気分になるが、
睡眠時間を削っていいことなんてなにもない

どこかでかならずボロが出る。

 

しばらくぼ〜っとして、頭がすこし動くようになると、

僕はアイディアスケッチを頼りにミントブルーのシャーペンで下書きをはじめた。

 

 

 

去年のペイントのことも思い出す。

あの時は90×180のサイズ感を掴めていなかった。

みっちり描き込めたのはいいけど、会場に設置して見ると全然目立たないことが分かった。

細かく描きすぎてもダメなのだ。意識して大きく絵を描かなければダメなのだ。

メインキャラとモブ、そして背景の描きわけを意識する。

 

 

 

ベニヤ板に絵の描き始めるのは漫画の描き始めと少し似ている。

僕は右利きなので左側の絵から埋めて行く。

えっと、どういことかというと、

小学校の時の作文って、みんな頑張りすぎると、紙に手を置いていた部分が黒く汚れるでしょ?あれと一緒だよ。横文字で描くとそんなに汚れないじゃん。右利きの場合は内から外に向かって描く方がやりやすいってこと。

 

 

メインのキャラクターはこれでもかいうほど大きく描いた。

この時点では道具や描き心地に慣れていない。

何度も消しているうちにベニヤ板が汚れてしまった。水色だからと行っても、何度も修正できるわけじゃないのだ。

面白いのは絵を描き続けていると、修正なしでもばっちし決まった線が引けるようになってくるということだ。頭のイメージを「すっ」と紙に落とし込める。

 

 

 

 

5時から8時までは集中して描くことができた。

紙が大きいだけあって、進行状況は思わしくないのが不安でもあった。

 

できることなら僕は二度とこの場所へ戻って来たくはなかったからだ

大げさに聞こえるかもしれないんだけど、

家から神楽坂まで電車に乗ると1,200円もかかってしまうのだ。12ドルって言ったらちょっとしたショートトリップだよ!

 

それに今回のテーマは「短い時間で良いものを作る」ということでもある。

そのために僕は金曜日の夜からここに篭っているわけだ。だって、寝て起きたらそこが作業場なんていいでしょ?

 

 

 

 

だが、ずっと作業場に籠ればいいというわけではない。

こういう風にずーーーっと作業をしていると、魔が差すタイミングがやってくるのだ。

そのひとつが「そろそろ休憩でもしようか?」というもの。

いや、わかってるんだけどさ、意識して休憩しないと、あっという間にノれなくなっちゃうんだよな。

 

 

別に空腹感を覚えているわけでもないのに、そのまま近くのセブンイレブンへ行った。

イマイチ食べたいものがなかったので、何も買わずに店を出る。そのまま近くを散策。朝の心地よいひんやりと爽やかな空気が僕は好きだ。

清潔感のある会社勤めをしているであろう若い女の子たちとすれ違った。彼女たちは健康的な笑顔を浮かべていた。

対する僕は寝癖をごまかすためのヘアバンドに穴の空いた無印良品のVネック。そしておさがりのショートパンツ(右ポケットに目立つ汚れがあったので、修正液で白いラインを一本引いた)を履いている。

カリフォルニアでスローライフを送っているヒッピーみたいな人間がニューヨークにでもいるような。彼が味わうであろう惨めな気分。

いや、ヒッピーはそんなことで肩身の狭さなんて感じないかな?僕もそんな窮屈な思いをしているわけじゃないけど、やっぱりここは日本独自の閉塞感みたいなものがある。変なヤツを見かけない。

 

 

歩いていて見つけたのは一見のそば/うどん屋だった。

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こんな朝早くから営業しているのは実にありがたかった。

しかも値段がベラボーに安いのだ。そこで僕は350円の天ぷらそばを注文した。それだけだと物足りなくて、さらに90円のおにぎりと80円のいなり寿司を注文して満足した気分になった。

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関東風。ちょっとだし汁が濃い。

 

 

それで済んだかと思うと、帰りにセブンイレブンに寄って菓子パンとかりんとうを買って倉庫に戻った。

お菓子中毒なのだ。僕は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあと僕が作業に戻れたかというと、答えはノー。

気力がほとんど湧かなくなってしまった。体は1ミリだって動かない。やれることと言ったらせいぜいYouTubeで動画を見るくらい。マジで終わってる。

集中を切らして、無活力状態になることを僕は「ヘモった」と呼んでいる。

 

 

ヘモった僕は諦めて寝ることにした。

そうだよ。おれは三時間しか寝てないんだから、もっと睡眠とってもいいんだよ。

こうなってくると、自分を甘やかす方にしか思考が回らない。

それに今日は10時から他のペインターたちもやってくるのだ。1時間半くらい寝たって構わないじゃないか。

 

ダンボールに横になると、あっという間に眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

そして僕は金縛りにあった

その時、変な夢を見ていた。怖いような夢だ。あまりよく覚えていないけど、起き上がろうと思っても体が動かない。とりあえず足をバタバタさせてみるが、それだって脳から信号が送られているのかわからない。

話に聞くところによれば、このビルはかなり古いビルらしい。霊的なものが出るとか出ないとか話は聞いているが、金縛りのメカニズムは脳みそが起きていても体が眠っている状態のことだと聞くじゃないか。今の自分の睡眠時間の短さを考えれば、無理はない、

 

 

5分くらい金縛りと格闘して、なんとか体が動くようになった。

そのころには他のみんなも倉庫に到着して、ワイワイと準備を初めていたが、僕の方は全く活力が湧かない状態だった。

試しに、下書きの続きに取りかかってはみたものの、全然ノることができない。

うん。仕方ないな。こうなったらーーー…

 

 

 

 

 

寝よう。

 

 

 

 

 

 

そうだよ。

やっぱり睡眠は大事だよ。

オーケー。オーケー。そんな無理したって、いいものができるわけがないんだ。

他人にどう思われたっていいじゃないか。おれは寝るぞ!

 

そうして僕は再びスリープモードに入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

起きたのは12時過ぎ。

上へ様子を見に行くと、そこではペインターのケッピーとデイミーが美術センスに溢れたペイントをしていた。

ケッピーは中学校の美術の先生で、デイミーは自由大学の学生なのだ。

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頭がぼよぼよとした状態だった僕は、

とりあえずエレベーターで一階のLooseまで行き、そこでオーガニックコーヒーを注文して再び作業場へと戻った。

やっぱり僕にはコーヒーがないとダメみたいだ。

コーヒーを飲むと、大分頭もスッキリした。

 

 

そこから下書きを進め、15時にはなんとか下書きを終えた。予定では昨日のうちに下書きを終えるはずだったのに..。

以前はパーティーピーポーだったというケッピーが下に降りてくると、僕に「これ終わるの?」と不吉な言葉を投げかけた。

だけど、僕はやめるわけにはいかない。

だって二度とここには戻って来たくないんだから!

 

 

 

ここでようやく第二回戦だ。

ペン入れは下書きとはまた違った作業だ。

前回のペン入れの時に作った道具を僕は持って来ていた。

使う道具は油性ペン。俗に言う「マジック」と呼ばれるペンだ。

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線の太さは極太から極細までさまざま。

このマジックインキ社のいいところは、何にでもくっきり描ける文字通り魔法のように素晴らしいインクと、補充可能なペン軸にある。

別売りのインクを買えば、ペン軸にインクを補充することができるのだ。

油性、水性に関わらず、マジックは使って行くたびにインクの出が悪くなっていく。描き味もそれに伴い変わって行くのだ。やっぱり新品の初めて使う時が一番描きやすい。

ペン先が売っているかどうかはわからないが、インクに関しては好きなだけ補充できる。

 

 

 

下書きに比べると、ペン入れは楽しい作業だった。

インクが白い板の上に乗るのは気持ちがいいものだ。

 

僕は極太のマーカーでメインキャラから描いて言った。

描きかけの絵を見てケッピーが「これなら終わるかもね」と希望的観測をともなったコメントをくれた。

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そうして時間が経ち、夜になるとペインターと学生スタッフのみんなは帰っていった。

僕はしばらく描いていたのだけれど、一瞬寝落ちをした。目を覚ました時には一気に描く気はなくなってしまっていた。エネルギーが切れだ。

 

 

机に向かって絵を描くのとベニヤ板に向かって絵を描くのは違う

身体的にもそれは大きく異なる。

板に漫画的な線を書く場合、僕はなるべく床に近い面で線を引くからだ。

寝そべるような体制で線を引いて行くので長時間描くと体は痛くなってきてしまう。体力を使うのだ。

 

あまり腹は減っていなかったが、僕は外に食事に出ることにした。

 

 

 

 

 

 

神楽坂を歩いたことはあまりない。

倉庫の近くを歩いてみてわかったのは、近くにはお洒落な創作料理店から居酒屋、ラーメン屋からコンビニまで様々な店があった。商店街は活気があった。

僕は一見のラーメン屋の前ではたと足を止めた。

どこかで「本当に美味しいチャーハン食べたことがない」という言葉を聞いたからだ。

 

そういえばーー、

昨日バイト先の社員の男の子がそんなことを言っていたっけ?

 

そうなのだ。

僕はラーメン屋のチャーハンほど美味しいものはないと力説したのだった。

その理論が果たしてあっているか確かめてみようじゃないか。

 

 

 

入ったラーメン屋はとんこつらーめんを売りにしているのか、それとも年季が入りすぎて衛生面が悪いのか、なんともいえない変な臭いがした。

ぼくはそこでチャーハンを注文した。

店には中年のカップルが一組だけ。カウンター越しにメガネに白髪の髭を蓄えた、この場所に何十年も住んでいそうなおっちゃんがこの店の主だ。

店の隅にはテレビが置いてあった。そこでは某アイドルグループがゲストの頭の禿げたお笑い芸人をいじっていた。僕が学生の時から彼らは活動してるよな。年季の入ったアイドルと年季の入ったラーメン屋。

 

 

出て来たチャーハンは確かにラーメン屋のチャーハンだった。

確かに美味しかったが、テレビを見ながら食事をとると味覚も薄れるということがわかった。そうだよな。テレビ見ながら食事とっちゃダメだよな。

 

 

チャーハンを食べ終わると、僕はしばらく神楽坂周辺をぶらぶらして、少し迷子になったあと、再び倉庫に戻った。

再びを絵を描き始めるまでまた時間がかかったが、それでもなんとか持ち直して4時まで絵を描いた。

 

半分を終わらせた時に、これならなんとか終わるだろうなと僕は思った。

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