▷11月24日/パタゴニア、コヤイケ
女のコにキスする夢を見た。
そのコのがニッコリ笑うと口の中は虫歯でボロボロだったという、よく分からない夢だった。
とりあえず今日は良いことが起こりそうだ。
そんな夢を見た後に目が覚めてちょっと幸せな気分に浸った後に、今ここで男三人で旅をしていることを思い出して、なんとも言えない寂しさを味わった。
朝食を食べ終わったあと、僕がドミトリーのコンセントのすぐ近くで日記を書いていると、昨日チェックインしてきたドイツ人のおっさんが「そこに荷物を置きたいからどいてくれ!」と僕をドミトリーから追い出した。
別に怒っているだとかそういうことは全くなかったし、むしろ「悪いけどどいてもらえないかい?」みたいなニュアンスだった。
だが、ニコさん(おっさんの名前だ)だって、宿の人の持っているノートパソコンを占有して、ソファでふんぞり返っているのだ。
僕は「なんだかなぁ」という気持ちになってドミトリーをあとにした。
今現在この民宿には僕たち以外に三人泊まっているようだ。ドミトリーにはもう一台ベッドがぶち込まれている状態で、僕のバックパックなんて置き場がないものだから、ベッドの上に置いてあるのだ。
誰もかれも、与えられたスペースで上手くやっているのだし、おっさん一人のために宿が切り盛りされているわけじゃない。僕が言いたいのはそういうこと。
結局一階のコンセントの脇に僕は収まることになった。延長コードなんてものは持っていないから、文字通りコンセントから50cm以内の位置だ。
日記を描き終わると僕は一人で外に出ることにした。やる事は昨日と一緒だ。漫画を描くことと路上で歌うことに。
昨日稼いだお金でスケッチブックも買っておいた。これでまた似顔絵を描くことができる。決して人は多くない街だが、ここでも似顔絵は受け入れてもらえるだろう。僕はそう考えた。
今日向かったカフェは昨日とは違う場所だ。旅をしている間はできるだけ作業環境は変えたいと思っている。
入ったカフェは1/3ほど席が埋まっており、四人ほどいる店員は忙しそうにコーヒーを淹れたり、オーダーを取ったり、奥のキッチンで何かを作っていたりした。
そのためすぐにはオーダーすることはできなかったが、注文を受けてくれた店員は愛想のいい中年の女性だった。ニコニコしながら大きめのポストイットに注文を書き込むとカウンターに貼り付けた。他の客の注文が消化されると、エスプレッソ・マシーンの前に立ち慣れた手つきでコーヒーを淹れてくれた。
出さてきたコーヒーはかなり小さかったが、場所代だと割り切って僕は席に着いた。
店内には古いジャズが流れていた。名前は忘れてしまったけど、有名な男性ジャズボーカルの歌がお洒落なカフェの雰囲気を演出していた。
それを聴くのに飽きると僕はWi-Fiを使ってYouTubeから”Atoms for peace”のライブ映像を聴こうと思った。
トム・ヨークのあの声を聴いていると劣化後のiPhoneはなかなかWi-Fiにつながってくれなかった。
Wi-Fiが中途半端に手に入る環境だと作業効率が落ちる場合がある。そんなこと分かっていながらも、なかなか漫画は進まなかった。
17:00になると僕は店を出た。
そしていつもと同じ店の前でギターを構えた。今日は似顔絵の看板を出した。誰か一人でも依頼してくれればいい流れてに乗れるだろう。
僕は軽い気持ちで歌を歌い始めた。レスポンスはここ二日間に比べると薄いように感じた。小さい町なので飽きられてしまったのかもしれない。
まぁいいさ。そのための似顔絵だ。きっとこの町でも似顔絵で町の人を楽しませることができるはずだ。
通り過ぎる人々は看板に視線を投げかけてはくれたが、最初の一人はすぐには現れなかった。
そんな中でスキンヘッドにキャップを被りサングラスをかけた、少しイカついおっちゃんが僕の前で足を止めた。二曲ほど聴いてくれたあとに、親指を立てて100ペソコインを数枚入れてくれた。僕は「グラシアス」とお礼を言った。
おっちゃんはそのまま去っていったのだが、引き返してきて僕に英語で声をかえた。
「君さ、日本人なのかい?私は地元のラジオでディレクターをやってるんだけど、よかったらうちの番組に出てくれないかな?」
来ました!!!
面白い流れが!
ここで三日間歌っていた甲斐があったというものだ。僕は喜んでその申し出を受けた。
ラジオ局は建物の二階にあり、小さな部屋が4部屋ほどあり、何かの事務所のようにも見えた。
階段を上がってすぐのところに大きなテーブルがあり、そこにはマイクやパソコンが置かれていた。既にヘッドホンをした一人が準備をしている。
ディレクターの名前はオマールと言った。簡単に僕のことを同僚に紹介すると、彼はざっくりと番組の流れを話した。
ラジオは「Patagonia FM 108」といい。ちっぽけなローカルな番組で、これかは始まる30分の枠では主に音楽を流しているらしい。
「それで番組では日本のカルチャーにつて紹介する時もあるんだよ。ほら後ろに日本の漫画のキャラが描かれたポスターが貼ってあるだろう?だから日本人の君に歌ってもらえたら、今日の番組はとても面白いものになると思うんだ!」
そこには確かにドラゴンボールやナルトがプリントされた小さなフライヤーが貼ってあった。
金曜日の夕方に誰がラジオを聴いているのだろうと僕は思ったが、そんなことどうだっていい。不思議と緊張は微塵も感じなかった。
あっという間に番組が始まり、DJでもあるオマールが喋り始める。アシスタントがパソコンの横に置かれたイコライザやスイッチを番組の進行にあわせて押していく。
日本にいた時、僕は漫画を描きながらラジオを聴くことが多かった。日本にいる時に聴いていたラジオがこんなふうにしてリスナーのもとに届いているのを見れたのは少し感慨深くもあった。ましてや僕もその一員になれただなんて。
「それじゃあこの曲のあとに私がシミのことを紹介するから、その後に一曲弾いてくれ」
オマールは英語で僕にいくつかインタビューし、それをスペイン語に訳した。合図と共に歌ったのは鉄板の”Stand by me”だ。
一曲歌い終わると、さらに今度は日本語の曲をリクエストされた。CARAVANの”Tripper’s Anthem”を歌うと。「綺麗な歌だね」と褒めてもらえた。
番組はあっという間に終わってしまった。できることならもっと話していたかった。
番組が終わるとすぐに次のDJがマシンガントークを飛ばした。次の番組はサルサ・ミュージックを流す番組らしい。
僕はお礼にオマールやアシスタントに似顔絵を描いてプレゼントした。番組後も別の部屋でトークを楽しんだ。
僕としては楽しんで仕事をしている大人に会えたことが嬉しかった。
小さなラジオ局をあとにすると、僕は昨日も行ったホットドッグ・スタンドに行き、昨日と同じ野良犬にホットドッグ片を放ってやった。
どうやらこのホットドッグ・スタンドは犬にとって餌にありつける穴場らしく、そこでは犬の順番待ちができあがってあたのは面白かった。僕以外の客も面白がって犬にホットドッグを放ってやっていた。
宿に帰った後、僕はまだいくらかの興奮状態にあった。たとえ、どローカルのラジオ局の30分枠の番組だったとしても僕はラジオに出演し話して歌ったのだ!
マサトさんに今日あった出来事を熱っぽく話すが、マサトさんのリアクションは薄い。
「えっ⁈マサトさん、ラジオ聴かないんすか?」
「う〜ん。ごめん。おれ、ラジオ聴かないんだよね〜」
「うそぉおおおおおん!ラジオ聴いて育たなかったんですかっっっ‼︎思春期の男の子が通過する一つのフェイズじゃないですかぁああ!そうやって僕たちは大人の階段を上っていったんじゃないんですかあああああ‼︎⁉︎」
「あ、でも知ってるよ?”おぎやはぎ”の番組って面白いらしいじゃん?」
「そういうのを”知ってる”って言わないんだよおおおおお‼︎」
まさか、こんなところで自分がサブカル男子であることを思い知らされるだなんて思わなかった。
え?みんなラジオ聴かないの?
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