「えっ…⁈まだ歩くんですか?」

▷11月29日/パタゴニア(アルゼンチン側)国境〜エルチャルテン

 

 

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野宿で熟睡できたためしがない。

こんな襲われる心配のない山奥の湖のほとりでもだ。

まず外にはごうごうと風が吹いていたし、コンクリートの床が冷たくて硬かったし、空気枕はどこからか空気が漏れていて、寝ている間にしぼんでしまったからだ。

外で寝ると睡眠の質が変わるらしい。夜中に何度も寝返りを打ち、変な夢(テントの下にニワトリがいて僕に噛み付くというヘンテコな内容だ)を見ても、別に睡眠不足のような感じはしなかった。

 

 

 

 

8:00に目を覚まし、テントの外に顔を出した。ガレージの中にあるボートの中から、昨日餌付けした飼い猫が「ニャー」と僕にあいさつをした。

外の天気は曇り空でびゅーびゅーと風が吹いていた。湖畔からはフィッツロイが見えたが山の上の方には雲がかかってこり全貌を見ることはできなかった。

 

 

マサトさんもマックもまだ起きていないようだ。二人の寝ているテントがバタバタと風ではためいている。彼らはうまく眠ることができたのだろうか?

僕はテントの中でリンゴを齧りながらぼんやりしていた。また今日もトレッキングだ。

今日は昨日ほどの距離は歩かない。そのため出発もいくらか遅かった。マックはのんきにテントの中でジャック・ケルアックの「ダルマ・バム」を読んでいる。

 

 

 

 

今回のトレッキングの企画者であるマックが僕たちの行動方針を決めている。一緒に行動している以上、彼に合わせなければならない。

こんな風に吹かれながら日記を書く気にもなれず、テントの中で猫を撫でながら僕は時間を潰した。

ここでテント張っていた他の人間は、やって来たフェリーに乗って別の場所へと移動していった。二日連続で山道を歩こうだなんていう物好きは僕たちくらいしかいないように思われた。

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11時になると僕たちは湖畔を出発するそとになった。

最初は浜辺の砂利道を歩き出したかと思えば、道はどんどん山の中へと入っていく。

トレイルは細い獣道で、ギターケースがしょっちゅう木の枝に引っかかった。

川を渡るのも一苦労だった。そこには一応木が倒れて丸太橋になっているのだが、場所によっては水に足を濡さなければ川を渡ることはできなかった。

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また、ぬかるんだ泥の上を歩かなければならない場所も多かった。マックは少し考えた後、パズルを解くみたいにリズムよく足を汚さずに道を渡って行くが、僕はそうじゃない。サンダル履きなのですぐに靴下は泥水に濡れた。1度泥水に足を突っ込んでしまえば、次からはほとんど気にならなくなった。

 

 

 

一度サンダルの靴ひもが切れた。チェコで買ったワンサイズ大きいKEENのサンダル。

マックはバックパックから紐を取り出すと適度な長さに切って、はじっこをライターで炙り靴ひもを作ってくれた。その慣れた手つきはキャンパーのそれだった。

 

 

 

ここ数日の山歩きの疲れが溜まっているのか、僕はハァハァと息を切らすようになった。

一体なんでこんなキツい思いをしてまで、僕は歩いているんだろう?と何度も思った。

以前も日記に書いたかもしれないが、トレッキングとは自ら進んで苦しい道を歩く苦行のひとつだと思う。

確かに周りの景色は綺麗だが、それを楽しむには体力と忍耐力がいる。

次第には何か別のものに対して憎しみのようなものが浮かんでくる。その憎しみをバネに僕は二人についていった。

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足を止め、耳を澄ますと、木々が風に吹かれて擦れ合う「どうどう…」という音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

やっとトレッキングを終えたのは出発から四時間半経ったころだった。

背中には汗をかき、バックパックを背負いっぱなしだった肩と山道を歩きっぱなしだった足が痛んだ。

そこには小さなカフェがあった。ここから使われる通過はアルゼンチン・ペソになる。

僕はチリ・ペソしかもっていなかったので、マサトさんにいくらかお金をかりた。

トイレは5ペソしたが、両替がないという理由で店の人間さタダでトイレを使わせてくれた。

 

 

運よく今日の目的地であるEl Chalten(エルチャルテン)のバスが16時に出発するところだった。だが空席が2席しかないとのことだった。

立ち乗りでも構わないと僕は運転手に言ったが、運転手は座席分の乗客しか車に乗せないのだと言った。

『これがアフリカだったら限界まで乗客を詰め込むのに…』ぼくはそう思った。

なんせ一時間半程度の距離で30ドルもするのだ。ここまで苦労して歩いてきたのに、なぜそんな金を払わなければならないんだろう?

 

 

 

僕は次の18時の便までここに残ることに決めた。

「それじゃあ、先に行って宿のベッドを確保しといてくれよ」

そう僕が言うと、最初はマックは「いや、みんなで行こう。別に二時間なら待てなくもないよ」と言った。

あぁ、なんだかんだコイツはいいヤツだなと僕は感心したのだが、

バスが出発する直前になって、僕に食べかけのピーナッツとレーズンの入った袋を手渡すと、「それじゃエル・チャルテンで!」バスに乗り込んでいった。

なんだったんだ…⁇

 

 

 

次のバスまではコーヒーでも飲んでのんびり待っていようかと僕は考えた。

近くのカフェに行って僕はコーヒーの値段を尋ねると、インスタントコーヒーがなんと300円以上もするではないか。スターバックスの方がそれ以下の値段でもっといいコーヒーがのめるぞ!

 

僕はコーヒーを買わずにバスを待つことにした。マサトさんから「サハラに死す」という文庫本を借りていたので、建物の陰で風をしのぎながら、僕はずっと本を読んでいた。

 

やってきたバスに乗り込むと、すぐにウトウトした。一時間半のドライブだったが、年配のスイス人やフランス人のツーリストが多かった気がする。

 

 

 

 

 

エル・チャルテンに着くと、ちょうどマサトさんとマックが僕を迎えに来てくれたところだった。

宿に行く前に三人でピザを食べた。

 

 

ようやくフィッツロイの見えるこの町に辿りついたのだ。

僕にとってこのピザは、チリのサンティアゴから数千キロの道のりを経てエル・チャルテンへとやってきた祝いのピザでもあった。

 

 

夜になると凍てつく風が町に吹き荒れた。

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