10時半頃に誰かがやって来たのは覚えている。
たぶん、学生スタッフか誰かだろう。僕のあまりよく知らないヤツ。
「あ、シミさん寝てるよー」
みたいなことをソイツは言って荷物をその辺に置くと、屋上でのペイントの準備に行ってしまった。
その後、ぞくぞくとスタッフがくるかたちになって僕はとうとう起こされた。
時計を見るともう11時だ。
どうも実感がない。

「うぅ…、頭がボヤボヤする..」
『7時間も寝ているはずなのに、この寝不足な感じはなんだ?』
やっぱりこのビルには何かいるのかもしれないし、疲れが溜まっているのかもしれない。同じ場所で黙々と作業しているもんだから精神的にもストレスを感じているのかもしれない。そういや昨日は風呂入ってなかったな。それともただ単にコンクリートの床にダンボールや寝袋を敷いて、かつ、夜遅くに眠るもんだから体内時計が狂ってしまったせいかもしれない。もしかしたらその全てかも。
いつもより睡眠時間が多いはずなのに、僕は全く眠った気がしなかった。
こうなりゃ、開きなおるしかない。
僕はダンボールを敷くと、再びコンクリートの床の上に横になった。
次に目覚めた時には頭はいくらかスッキリしていた。
昨日コンビニで買ったバナナを食べると、一階のLooseにコーヒーを買いに行く。
屋上では昨日と同じメンバーがペイントを始めていた。

トビー写真使うね!
スロースターターな僕は徐々にペースを上げていった。
一番時間のかかるのは「ベタ」の作業だろう。漫画でいう黒塗りの部分だ。
そんな時、アーティストペイントのオーガナイザーであるトビーがひょっこりと顔をのぞかせた。

ちなみに右のヤツがトビー。いつもありがとう!
『もしかしたらー..』
僕は駄目元でトビーに尋ねて見た。
「ねえ、もしお手すきだったらベタ塗り手伝ってくれないかな?いや、ほんとうに手が空いていたらでいいんだよ。もしくは暇そうなヤツがいたらこっちに送ってくれてもいい」
するとトビーはちょっとめんどくさそうな声をだしてこう言った。
「え〜〜〜?おれにベタなんてできないよ?それに他にもやらなくちゃいけないことだってあるし..」
トビーの言い分もわかる。
なぜなら、一人ごみ箱一箇所分、計三枚のベニヤ板を担当するアーティストは、基本他の人の助けを求めない。彼らは責任を持って自分の作品を仕上げるのだ。
今回アーティスト枠で参加したケッピーとデイミーはそれぞれ黙々と自分の絵に取りかかっていた。
だけど、僕は違う。
プロの漫画家がアシスタントを使うように、僕も自分じゃなくてもできる部分というものを理解している。だって、これは僕の絵だもん。
特に黒く塗る部分はそうだ。いつだって
「誰か手伝ってくれたらどんなに楽だろう?っていうかこれ、おれがやる必要ないよなぁ」
と思っている。ベタというものは自分の作品以外の部分に属するのかもしれない。
それで、僕はトビーを説得した。
「いや、大丈夫。ベタなんて簡単だから。別にミスってもいいし、漫画用の修正液だってある。ちょっとやり方説明するから見てて」
最初にやるのは縁取りだ。
ベタ塗りをしたい線の内側を細いペンで囲って行く。
次にそれよりも太いペンでさらに内側を太くする。
そこまでできれば、極太のペンで塗りつぶせるくらいになる。
肝心なのは太いペンで攻めすぎないこと。
やりかたを説明するとトビーは「30分だけなら」と言って手伝ってくれた。
一人よりも二人の方が捗るということで、高校生の学生スタッフも交えてベタ塗りをする。
ましーというあだ名の(iPledgeの学生スタッフはみんなあだ名で呼ばれるのだ。ちなみに彼女の名前は「マシロ」らしい)学生スタッフは、大学受験を控えたロック好きの女のコだった。大学でも写真を勉強したいらしい。
ふたりとも、最初は他人の作品におっかなびっくりでベタを塗っていたのだが、すぐに慣れてしまった。なんだか塗っている二人の姿は楽しそうでもあった。
会話を広げるために、ましーの好きなBAWDEISの曲をかける。ましーはドラムの人がタイプなんだとか。
ましーはBAWDIESのドラムがどれほど好きかを力説してくれた。
「私、ライブにけっこー行くんですけど、日本人であんなにかっこいいドラム叩ける人がいるだなんてそれまで知らなかったんですよ。もうめっちゃカッコいいんです!」
「それって、どんな人なの?」
「背が高くて、ガリガリで、歯がガチャガチャで不健康そうな感じです!」
「今のにモテの要素ってあったか..??」
僕とトビーは首をかしげた。

いや、でもカッコいいじゃん。
そんな二人とおしゃべりしながらベタ塗りをしていたわけだが、作業が一気に捗る感じがした。
そして見ていて面白かったのは、人によってペンの使い方が異なるということだった。
僕は自分のペンの使い方しか見てないから、それが当然だと思っているけど、当然他の人には他の人なりのペンの使いかというものがある。
僕はベタ塗りの際は内側の線をブラシで掃くように「スッスッ」とペンを動かすが、トビーとましーの二人は「ズズズズッ〜〜〜」という感じで線の内側を一筆書きをするように塗っていく。こういう発見は面白いよな。
そうして、他の学生スタッフ(ごめん、名前忘れた)も交えて、僕を含め合計3人でベタ塗りをしていた。
っていうか、僕もこの時が一番楽しかったよ。みんなで作業するのって、やっぱ楽しいかもね。もちろん一人じゃないとできないパートもあるんだけどね。そのギャップがあるから、より楽しさを感じるんだろう。
そうして16時には絵が完成した。
自分の絵だからこそ、ミスした部分や上手く描けなかった部分はわかっているけど、昨年よりもバージョンアップしているのは実感できた。
みんながそれぞれに感想をくれる。「すげー」とか言ってくれるだけで、僕は嬉しかった。




あぁ、、、二日経つともうちょっと手を加えたい気持ちになるよ..。いっつもそうだ。
そこにiPledgeの統括のカンタさんがやって来た。
完成したてのジャストのタイミングだ。
「これで終わりなの?」とカンタさんが訊く。「いやいや、色までは塗れないっすよ」と僕は答えた。
カンタさんや職員のぼぶえちゃんが言うには、フジロックのどこにごみ箱を設置するかはアーティストの意向を汲んでくれるらしい。
カンタさんは僕に「どこに置きたいんだ?」と尋ねた。
「いやぁ〜〜〜、できたらグリーンエリアに置いて欲しいですかねぇ。去年、フジロックに行ったって人に何人か会う機会があったんですけど、あれだけ一生懸命描いた僕の絵を覚えてる人なんていませんでしたから。
だから今年は目立つ場所に置いて欲しいですね。もしかしたらそれが仕事とかにつながるかもしれませんから」
するとカンタさんがこう言った。
「いやいや、君はさ、優しいんだけど、これくらいの絵を描く人ならフジロックにたくさんいるし、仕事なんて入ってくるわけないよ。甘いんじゃない?
いくらい素晴らしい作品を描いたとしてもそれは問題じゃないんだよ。
重要なのは “それをどこに置くか”なんだよ?
今の日本じゃそうやって自分を売り出していかないと、誰も見てくれないよ?いいものを作って発表してけば誰かが拾ってくれるなんて時代は終わったんだよ?今の日本だって共謀罪が〜…うたらかんたら」
「…」
いや、わかってますって。
自分よりうまい絵を描くヤツなんてごまんといることだって。
フジロックに作品を置いたくらいで次の仕事につながるほど甘くないって。
だけど、希望的感想を述べてなぜ悪い。
「もしかしたら..」
という望みを託してなぜ悪い?
一人でも多くの誰かに見て欲しい。覚えていて欲しいと思って何が悪いんだ?
だけど、その正論に僕は何も言い返せなかった。
ただ、情けな口ごもって「ま、まぁ..」ということくらいしかできなかった。
っていうか、悪いのはカンタさんじゃない。たまたま一部の正論がぶつけられただけだ。
相棒のまおにもしょっちゅう「お前は自己プロデュースが下手だよね」と言われる。
だけど、今の僕には描く時間の方が大切だ。
最近、時間が足りないことをもどかしく思う。
絵を描くことは終わりのない作業だからこそ、もっともっと時間が欲しい。週に3日間まるっと動ける時間があっても、僕はあれもこれもそれもどれもやりたい。だけど、それをやるにはもっともっと時間が必要だ。
今の僕にはせいぜいこうしてブログを書いたり、SNSで写真をアップすることくらいが精一杯だ。くっそう。わかってるんだよ。でも、それにはスキルも時間も足りないんだよ!
こういう時に思い浮かぶのは仕事を辞めて職業作家を志すようになった小説家たちの姿だ。彼らもいい小説を書くにはそれに100%に近い時間を注がなくちゃいけないことがわかっていたんだろう。
あぁ、おれ、何やってんだ。
そんな思いをやり過ごすかのようにペイント後のBBQでは早いペースで酒を煽った。

絵を完成させた達成感もあり、飲み喰いをしている時は気分はそこまで落ちなかった。その代わりに酔いはすぐに回って来た。
ここ二日ロクなものも食べずに、睡眠不足の体にアルコールをぶちこんだんだ。無理もない。
あ〜〜〜… 、アルコールって酔っている最中は気持ちいいけど、その後の自分の体をどうにかするのがツラいんだよな。醜態は見せられないし。
僕が茂みに吐いていると、
学生スタッフの誰かがこう言った。
「いるよね。新宿とか渋谷にああいう人」
「う、うるせ〜!聞こえてんぞ!」
気持ち悪すぎて声も出ない。
いや、
よくよく考えてみろよ。
おれはラッキーなんだ。
絵でメシを食えていないおれの作品が
無条件でフジロックに展示されるんだ。
それはごみ箱の一部として置かれるわけだけれども、
何百人、何千人、何万人の人に見てもらえるかもしれない。
それってすげーラッキーで幸せなことじゃないか。
まだまだ至らないところだらけだけど、
少なくとも僕は今できるだけの力を注ぎ込んだつもりだ。
去年の自分の作品は越えた自信がある。
どんなことがあったって、
僕は描き(書き)続けるしかないのだ。

お疲れ!おれ!
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