
店を出た僕はそのままトークライブの会場の下見に行くことにした。
瓦屋町から桃谷まで。
もちろん歩きで。
自分のチャルカに対する想いが1ミリも伝わらなかったショックから、自販機でアルコール3%の発泡酒を買った。
飲んでもちっとも酔わなかった。
昼過ぎから発泡酒なんて飲んでいるヤツはダメな大人の代名詞だと昔の僕なら思っていた。だけど今はそんなダメな大人の世界に片足どころか肩くらいまでどっぷり使っている。僕は引き続きマップを確認しながら、桃谷までの距離を詰めていった。
途中、特に腹も減っていないのにたこ焼きを食べた。
こういうときに限って、店のおばちゃんがすっごい優しかったりする。疲れたそうにしている僕の顔を見て、でかいグラスに氷をたっぷり入れたお冷やを出してくれた。
コンニャクを入れたたこ焼きがその店の売りらしかった。グニグニしたたこ焼き。いつのまにか口の中には口内炎ができていた。
いきなり食べ過ぎだもんな。普段僕あまり食べないんだよ。

でも旨し!
一応お店の方には16〜17時に顔を出すということは伝えておいてある。
僕に声をかけてくれたショータさんは今日は歯医者らしいのだが(虫歯なのだろうか?かわいいな)、もう一人のスタッフであるシンゴさんという名前の方がお店に立っているらしい。
桃谷に着いた時の時刻はまだ15時だった。
僕はしょっちゅう予定時刻よりもだいぶ早い時間に現地入りしてしまう変な癖がある。あと1時間、どうやって時間をつぶせばいんだよ?
仕方がないので、店の場所だけ確認しておくことに。
「僕がトークライブをする場所は一体どんな店なんだろう?」
もしデカい会場だったら、ちょっと緊張するな。
まぁ、事前にお客さんは十五人ほどって言ってたらから、そこまで大きくはないんだろうな。
当日のあれこれを考えながらGoogleマップをたよりに店へと徐々に近づいて行った。
店のある場所を確認したが、そこは店らしい建物はどこにも見えない。そんなまさかな?ここまで来てギャグだったとか、そりゃないよな。
Googleマップが示すその場所にあったのは、商店街から脇道を一本曲がった場所にあるなんの変哲も無いただの一軒家だのだ。
お店であることをかろうじて示していたのは「nyi-ma」と書かれた看板と入り口にかかった「closed」の文字。

「え…、これ?」
僕はかなり不安になった。
確かに旅を終えて一年以上経ったのにも関わらず、わざわざ呼んでもらったのは嬉しい。
だけど、こんなちいさな場所で旅の話をする意味はあるのだろうか?この桃谷商店街の、それも脇道にある一軒家まで、僕の話を聞きに足を運んでくれる人間はいるのだろうか?
「ちょっと面白そうなヤツに声をかけたらさ、ほんとに来るってさ!ウケルわ〜!」
みたいなことになてやしないか?
あぁ…、どうなっちゃうんだろ?
でも、オファーを受けた以上、やるしかないよな…。

店の場所を確認すると、僕は再び商店街の中に戻っていった。
大阪の商店街は、関東のそれに比べるとまだ活気があるように思えた。
雨よけのアーケードが入り口から出口まで続いており、そこから桃谷駅へと繋がっている。
自転車の走行を禁止しているのにもかかわらず、しょっちゅう自転車を漕いだ人が行き交う。けっこう自転車に乗っている人多いんだよね。道が平らだからだと思うよ。
それで僕は、商店街にあった「ご自由にお座りください」と書かれたラミネートが貼られたパイプ椅子に腰掛けると、しばらくうなだれていた。
思えば今日一日中歩きっぱなしだったよな。そりゃ疲れもおぼえるわ。

商店街の人間たちは中高年が多いような気がする。
中にはシャッターの閉まった店もある。そのうちのいくつかは店を閉じてしまったものもあるんだろうな。
トボトボと歩き、商店街を抜けて信号を渡った場所にあるミスター・ドーナッツに入ってオールドファッションとコーヒーを注文した。
席に着くと睡魔が襲って来て、絵の練習をしようと思ったのだが、ペンを握ったままウトウトしていた。
というかーーー…
僕はこの大阪遠征のために節食をしてきたのかもしれない。
大阪に来たらしこたま喰ってやる!って気合い入れてきたのだけれど、実際ここに来てみたら胃袋は例のごとく小さくなっていて、そこまでキャパシティがないことがわかった。
そして僕はさして食べたくもないドーナッツ(オールドファッション)をちぎりながら食べ、コーヒーをずびずびとすすった。
こういう時に限って店員さんはすごくフレンドリーで次々におかわりのコーヒーをついでくれる。うぅ..、大阪のミスドはなんて優しいんだ。でも、今の僕にはけっこうキツいよ..。

ミスタードーナッツでは、持参したパイロット証券用インクをジップロックから取り出して、毎日欠かすことなく練習しているGペンの落書きを始めた。
絵を描きはじめるとさっきまで感じていた不安とここまで徒歩でやってきた疲労感はだいぶマシになった。絵を描くことは僕とって癒しでもあると思う。ほんとうに。
最近の練習は下書きもしないで、そのままぶっつけでインクの落書きをコピー用紙に描くこと。そうするとペン入れの時にあまり迷わなくなるのだ。
別に漫画を描くのにGペンを必ずしも使わなきゃいけないわけじゃないんだけれど、この道具を一体どこまで使いこなすことができるのか突き詰めていきたいと思う。
スタートが絶望するくらいに下手だっただけに、描けば描くほど上手くなる。自分の技術の上達を実感できる時ほ前に進めている感じがするのだ。
そして「もっと描いてやろう!」という気持ちになって、僕は紙に向かう。
この遊びは終わりがない。
エンジンがかかってきたところで僕はミスタードーナッツを後にした。
時刻は既に18時をまわっていた。
僕は先ほどの桃谷商店街を抜け、nyi-maの扉を開いた。
そこにいた美人の女のコが目に入って一瞬立ちすくむ。
『うおっ!むっちゃ可愛いコおるやん!』
この時点でニマの株が急上昇したことは間違い無いだろう。なんて現金なヤツなんだおれは!全国の美人に足蹴にされたい!
こういう時ほど、こころの中のツッコミだか独り言は関西弁になる。まぁ、ここは大阪だしそれはどうか勘弁してほしい。
というかーー.. 、
やばい。やばいぞ!
なんだか知らないけど、外観はただの一軒家なのに、内装はバーカウンターのようになっていて、おまけに店員の女のコはマジで可愛い。
だけど、鼻の下をのばすのはあまりにかっこわるいので、僕はすげー自然な様子を装って、「どうも」という感じで二人に会釈をした。

カウンターの向こうにいた背の高いお兄さんがすぐに僕に気づいた。僕の姿を見て一瞬で、僕が誰なのか理解したようだった。
まぁ、連絡してたしね。そりゃそうか。
「あ〜〜〜!待ってました!」
物腰はやわらか。だけど人好きのする声のかけ方だ。
お互い簡単に自己紹介をして、明日のトークライブが行われる二階を見せてもらった。

nyi-maの二階は部屋をふたつぶん繋げたようになっていた。
階段を上がったところに三席くらいの木製のカウンター席があり、部屋の奥にはプロジェクターとスクリーンがあった。そして片方の壁側には漫画がぎっしり詰まった棚があり、ところどころに人がくつろげそうな大きめのクッションが置いてあった。
お兄さんの名前はシンゴさんといった。
簡単に打ち合わせをして、少し喋る。
ファーストコンタクトは僕にとって緊張感を孕んだ一瞬でもある。僕はこのやりとりで相当数やらかしてきている(笑)。だいたいは僕がテンション高めの食い気味で話し始めるので、大抵の人はひいてしまうのだ。
だからこそ、僕は初対面の人とは距離感を気にする。一体どんなテンションで喋ればいいのか、言葉のやり取りで間合いを測るのだ。
シンゴさんはとてもフレンドリーな人だった。
一瞬でフランクな言葉遣いになるシンゴさん。対する僕は下っ端感を出すことに長けているので、敬語が抜けない。下っ端はいいよ。オイシイとこどりだからね。
だけど、シンゴさんの先制攻撃に僕は一発でノックダウンだ。なんと間髪入れずにビールとパウンドケーキをごちそうしてくれたのだ。
いわばこの店は僕にとって「アウェー」だ。初めて来たばかりの空間で、「ホーム」側の人間にどのように迎えられるかでこの場の居心地の良さが決まる。
「ゆっくりしてってください」とシンゴさんは僕を残して一階に降りていった。
「も、モテる…!!!」
僕は格の差を見せつけられた。

あ〜〜〜…贅沢♪
僕はビールを飲みながら、ここでしばらく絵の練習でもしていようかと考えたが、その考えもすぐに吹き飛んでしまった。
下の階から楽しそうなおしゃべりが聞こえてくるからだ。
先ほどシンゴさんと喋った時にちょろっと出て来たのだが、どうやら今日も何かのイベントがあるらしい。そういえば今日は七夕だっけな。本当の七夕は旧暦だから一ヶ月後だぜ。グレゴリオ暦で七夕つっても、だいたい曇りだし、僕はなんとも思わないぜ!
これから夜に向けて仕込みだとか準備が忙しいらしく、慌ただしいくも活気のある空気感が下から伝わってくる。
そうだ。せっかく僕はここまで来たんだ。せっかく新しい人にもあったんだ。絵を描く以外も大事じゃないか。
僕はビールとパウンドケーキを持って階段の下へと降りて行った。
カウンター席にはさっきの美人の女のコがまだ座っていた。
シンゴさんは彼女に僕のことを紹介してくれた。そして今そこに座っている髪を切ったばかりらしいその女のコが誰なのかを教えてくれた。
「タネちゃんは女優なんだよ」
女優??!!
「ども、女優です」
上目遣いに軽く会釈する「自称女優」。
そうこうしているうちにシンゴさんは今夜のイベントの準備のために外に出て言った。
取り残された僕。若干の気まずい雰囲気。
一体どんなリアクションをとればいいのかわからない。だっ女優って名乗る人間に僕は初めてあったんだから。
とりあえず一体この謎の女性の正体はなんなのか、ちょこちょこと探りを入れた。
そこにいた女優さんの名前は「水木タネ」と言った。
女優と言ってもタネちゃんの場合(ちゃん付け失礼)舞台で活躍してるらしい。
普段は女優業の傍ら、「人間と犬用の服を売っている」のだとか。
今度、この店で一人芝居のパフォーマンスをするらしい。
一人芝居??!!
そしてわかったのは、タネちゃんは別に店員でもなんでもなく、夕方からnyi-maで酒を煽るのんべえだったということだ。
話をしているうちにシンゴさんが本日のホストを連れてもどってきた。
今夜は商店街にある「BEANS」というお店のスタッフさんたちがここで食事をふるまってくれるそうのだ。
参加費が1000円。ドリンク付き。300円という安さで様々フードが売られるらしい。こうなったら僕も参加するしかない!
男性スタッフのひろさんの話も面白かった。
ひろさんはかつては和太鼓のチームに所属して降り、海外で公演したこともあるのだという。
ひと公演が終わると、和太鼓をトラックに乗せ次の公演場所まで送り、演奏する自分たちはというと、次の会場まで走って向かうという、何そのマゾ集団??!!
「ヒロさんはすごいんだよ。公演ごとに40km走ってたんだから!」
とシンゴさんが得意げに自慢すると、
「いや、30kmだから」
とすかさず訂正が入る笑。
「まぁ、確かに30キロっていうより、40キロって言った方がインパクトはあるからね!」
「いやいや、30キロと40キロって全然違うから!」
そんなやりとりをビールをちびちび飲みながら聞いている僕は思った。
何ここ、面白っ!!!

そうこうしているうちに、ひとり、ふたりと、お客さんはnyi-maのお店にやってくるようになった。
カウンターの向こうではシンゴさんたちが忙しそうにしている。
最近僕は「バーにいてもひたすらにぼ〜っとできる技術」を習得したてなので、特に誰かと話していなくても、彼らのやりとりを見ているだけでも楽しかったのだが、
となりにやってきたやけにフレームの厚い男性と話すことになった。
話していてわかったのは、
彼が日本で唯一のフットバッグパフォーマーだということだった。

フットバッグ。
そのことばを聞いて僕はすぐに反応した。
そして一瞬少しだけ申し訳ない気持ちになった。
かつて日本でフットバッグが流行った時がほんのわずかな期間あったのだ。
ペプシコーラについているお手玉のようなそれは、どうやって遊ぶのかというと、足で蹴り上げてキャッチするというシンプルなものだったが、やる方はかなり難しい。
足の筋肉が必要なのはもちろんのこと、足の甲にフットバッグを乗せて、放り、キャッチするだけなのに、かなりの練習が必要になる。それに地味に運動量もある競技なのだ。
かつて、ペプシのおまけでフットバッグが手に入った頃、僕は高校生だった。
そういうサブカルホビー用品が大好きだった僕はすぐに飛びついたのだが、あまりの難しさにすぐに挫折。
ジャグリングの練習なんかもしていたけれども、結局は家にかざる単なるオブジェと化し、いつのまにか家からなくなっていた。
そうだよね。あれ、一瞬で流行って、そっこーで廃れたもんね。
そんなフットバッグをかれこれお10年以上も続けている男が、まさに今僕の目の前にいたのだ。
お兄さんの名をチャーハンさん。
と言った。
なんとスポンサーまでついているというのだ。
タイ版レッドブル「シャーク」にスポンサードされているらしい。マジすげえ!
しかも驚くべきことにチャーハンさんは公務員。そのくせ年間400本もイベントをこなすというマジですげえ人だった。
今日もここでパフォーマンスをしてくれるとのこと。
みんなが適度にお酒に酔っ払ったさなか、チャーハンさんのパフォーンスは始まった。
おもむろにカメラがセッティングされ、ブルートゥース・スピーカーから音楽が流れる。
流れて来た音楽を聞いて僕は一瞬でその音楽がなんだかわかった。
それは好きなアニメが何かと聞かれればかなりの即答で答える「COWBOY BEBOP」のサントラだったのだ!
うわぁ〜〜〜〜〜!!!マジツボだよ〜〜〜!
軽快な音楽に合わせて繰り出されるパフォーマンスは海外でやれば稼げること間違いなしのハイ・クオリティなパフォーマンスで、もちろんパフォーマンス終了後にはチャーハンさんの帽子の中は投げ銭でいっぱいになったのだ。いや〜〜、、いいもん見せてもらった。


うん。ごめん。写真じゃ全然伝わらないね。
こんないいパフォーマンスを見せられたのではバスカーの血がさわぐというもの。
チャーハンさんが次のパフォーマンス場所へ去っていったのと同時に
「酔っ払い似顔絵」
と称してそこにいたお客さんの似顔絵を描かせてもらった。
だってお酒飲んでたらちゃんと描けるかどうかもわからないじゃん。値段もお任せでやりました。
それでもお客さんが四人もとれたのは貧乏バックパッカーの僕にとってはでかい。というか、シンゴさんがそっせんして似顔絵のオーダーをしてくれたのがありがたかった。そうなんですよ!最初が肝心なんですよ!わかってらっしゃる!
出来上がった1枚目を見てオーダーしてくれたのはたまたま店に来ていた仲良し三人組だった。
目の前で似顔絵ができあがっていく工程を見て「うわ〜〜〜!すげ〜〜!」と嬉しくなるようなリアクションをくれる。僕もノって描くことができた。





う…、今見ると描き直したくなるのはまいどのことっす。まぁ、酔ってたしね。ごにょごにょ。
いつの間にか時刻は22時を回っていた。
僕はお礼を言って店を出ると、桃谷から宿のある大国町までの道のりを1時間ほどかけて歩いて帰った。ふつうだったら電車に乗る距離らしい。
だけど、それでいいのだ。
僕は、自分の意思でこの街にやってきた。できる限り自分の足を使って、この街を感じてみたかったのだ。
夏の夜の大阪の空気は湿気を含み、歩いているとすぐに汗をかいた。
宿に着く頃には足が痛くなっており、すぐにシャワーを浴びてさっぱりすると、コインランドリーに行ってジーンズを洗濯をした。
あぁ..、今日はマジでいろんなことがたくさんあった気がする。
1秒も無駄じゃなかった。
それにnyi-maがあんなに楽しい場所だとは知らなかった。
集まる人たちがみんな個性的で、それぞれにストーリーを持っている。
そんな場所に僕が呼ばれたのはどこか誇らしかった。
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