▷11月15日/チリ、アントファガスタ
先に進まずここに留まっているのは、郵便局が開く月曜日を待っているからだ
この旅の中で何度も相棒の家に雑貨を送りつけてきたが、これで最後になる。
昨日ヒッチハイクで車に乗せてくれたレオナルドさん曰く、この町からなら船便が使えるらしい。
わずかな望みを抱えて、僕はこの町に留まることに決めたのだ。
また、昨日バスキングをしていると日本人女性でマリコさんという方と旦那さんのファビアンさんに会った。
マリコさんが言うには「アントファガスタはチリの中で二番目に栄えている町らしい」とのことだった。近くに銅山があるので町が潤っているからだとか。
それならバスキングでお金を稼ぐこともできるんじゃないかと僕は考えた。
ここ二日間でバスキングをやってみて、チリのレスポンスがいいのは分かった。ここらで一気にお金を稼いじまおう!
日曜日はほとんどの店が閉まっていた。だいたいこういう時は代わりに露店が出たりするものなんだけど、この町では違った。
僕は9:00過ぎに宿の外に出たのだが、人通りはきのうの1/3くらいしかない。
朝から歌う気にはなれないので、僕は歩行者天国の近くにあるマクドナルドに入った。
コーヒーを注文しようとしたのだが、なぜだかその店にはコーヒーがなかった。カウンターの向こう側にはコーヒーを入れるガラスポットがあるのに!
仕方がないので僕はコーラを注文しようとしたのだが、店員はコーラをタダでくれる粋なヤツだった。僕もそれでは悪いと思ったのでチーズバーガーを注文して席に着いた。
マクドナルドは二階にも席があるそこそこに大きな店舗だったので、僕は安心して一階の自然光が入る一番いい席に座った。窓からは外の様子が見える。
ギターケースやショルダーバッグは足元の壁際に置いた。もうほとんど貴重品と呼べるものは残っていないが、それでも置き引きに備えた。
窓の外を行き交う人々を横目に僕はテーブルで漫画を描いた。こんなアナログわなやり方でも、机さえあればどこでも漫画が描けるのは分かったことだ。
15:00まで漫画を描くと僕はマクドナルドを後にした。
日曜日のアントファガスタの歩行者天国は前日に比べるとかなり静かだった。
昨日はあちこちでパフォーマーやら露天商が賑やかだったが、今日はほとんどそのすがたが見られない。
人通りは間断なくあるが、その量は昨日よりも少ない。僕はなるべくお金のことは考えずにギターを構えた。
いつものように出だしはCARAVANの”feed back”から始める。日本語の曲でなんて言っているかも分からないはずなのに、チリの人たちからニコニコとレスポンスが入る。
喉が開いてくると自分の曲を歌うのもいつもの流れだ。僕の持ち歌を全て歌い切ると大体一時間半くらいの時間になる。
そのワンクールを2回分行い僕は休憩を挟んだ。時刻は18:30を過ぎていたが、またまだ外は明るかった。
僕はマクドナルドでアイスクリームを買って近くの階段に座って食べた。疲れた喉とひんやりとしたアイスクリームが染み渡り、ほどよく疲れた体に糖分が染み渡る。
19:00になるとワンブロックを渡ったシャッター通りのような場所でギターを鳴らした。真向かいの建物に音が反響し気持ち良く歌うことができた。自然と曲に気持ちが入る。
それに呼応するように人々がレスポンスをくれた。人通りが少ないのに、紙幣をくれる人もいるくらいだ。
レスポンスをくれた人に対して僕はペコんと頭を下げ「ムーチャス・グラシアス」とお礼を言うと、彼らはニッコリと微笑んで親指を立ててくれた。
あまりのレスポンスのよさに一時間以上も歌った。今日もまた稼いだコインに重みがあった。
宿に戻る前に日曜日でも開いている店で両替をしてもらった。
僕が行った店ではほんの縦×横1.5メートルくらいのスペースでスマートフォンのアクセサリーを売っているブースがあり、メインのスペースではDVDを売っているような店だった。店の入り口にジュースやアイスが並べられた鍵のかけられた冷蔵庫鍵が置いてある。
コインを紙幣に両替してもらい、僕はそこでまたアイスを買った。僕はバスキングで稼いだ後に食べるアイスを「お疲れアイス」と呼んでいる。
今日の稼ぎは$65分のペソ。チリがこれだけバスキングのやりやすい国だなんて思わなかった。
宿に戻ると今朝方干していたジーンズだけが消えていた。
頭の中にはふたつの可能性が瞬時に挙がった。
宿の人間が片付けてしまったか、もしくは盗まれたからだ。だが、あんなボロボロのジーンズを誰が盗むだろうか?
僕はすぐに宿のスタッフにジーンズの所在を尋ねた。スタッフはスペイン語で何か言うが、ほとんど分からない。ただ「マニャーナ(明日)」という単語を連呼していた。
今朝方いたのは掃除のおばちゃんたちだった。もしかしたら彼女たちが持ち主不明のジーンズとして片付けてしまったのかもしれない。
スウェーデンのnudie jeans一号店でプレゼントしてもったお気に入りのジーンズ。
一年二ヶ月穿いた僕のお気に入りのジーンズだったが、不思議と喪失感のようなものは感じなかった。
確かに残念だけどもう十分穿いたしな。ここらで別れ時だったのかもしれない。
結局大事なものはほとんど自分の手元からなくなっていく運命なのかもしれない。
というか、失くなって困るものなんて本当はないのかもしれないな。そんなことを僕は考えた。
二階にある自分の部屋の前でタバコを吹かしていると、宿のおばちゃんがごみ箱を漁っているのが見えた。
ごみはビニールに入れられて小分けになって箱の中に入っていた。わりかし綺麗なごみ箱だ。
『まさかな…』
僕はそう思った。
しばらくしておばちゃんがごみ箱の中から僕のズタボロジーンズを見つけ出した。ニヤっとして僕の方に振り返る。
僕は思わず苦笑してしまった。だってヴィンテージのデッドストックのジーンズがごみ扱いだぜ?
そうしてお気に入りのジーンズは再び僕の手元に戻ってきたのだった。
最近ツキが戻ってきた気がする。そんな一日だ。
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