「サモアに僕は行ってみたい」

▷1月3日/ニュージーランド、ダニーデン〜クライストチャーチ

 

 

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夜中の公園にやって来るヤツなんて誰もいないのに、やっぱり物音がするとビビっちゃいわけだよ。物音の正体が公園に住んでいるアヒルさんたちだったんだから笑っちゃうよね。僕、物音に対して「ファック・オフ!」とか言って威嚇しちゃったもんな。

そんなわけで昨日はぜんっぜん眠ることができなかった。しかも夜中に雨がパラつきはじめ、9時まで僕はテントの中で待機していなければならなかった。まったく、雨の中の野宿ほど気が滅入るものはないよ。

 

雨が止んだタイミングで僕はヒッチハイクポイントまで向かうことにした。濡れたままのテントをたたむのも気が滅入ったなぁ。

 

 

 

ダニーデンには「パインヒル」ってのがあってさ、サイトの情報によると、その坂だか丘を上がればヒッチハイクができそうな場所があるってことだった。不思議なことに、天気はよくなかったのに、僕はヒッチハイクが成功するっていう予感みたいなのをこの時感じていたんだ。

坂を登り始めると、後ろからやってきた車が僕の傍でスピードを落とした。車の中から何かサインを送ってきている。僕はまさかとは思ったけど、そのまま歩調を早めて坂道を登りだした。反対車線の車が止まれそうなスペースでさっきの車は僕を待っていてくれたんだ。信じられるかい?だって親指すら立てていなかったんだぜ?そりゃ、これみよがしに歩道側の手に行き先の書いた段ボールは持っていたけどね。そしてまさかまさか、車の行き先はクライストチャーチだったっわけさ。

 

 

運転手のモズィーさんはサモアの出身だった。

ニュージーランドのさらに上の方にある島で、国民が世界一幸せだと言われるフィジーと隣り合っているらしい。まぁ、こう何十カ国も訪れているわけだけど、自分の言ったことのないエリアだと、その国がどこにあるかってよく分からないよね。

 

 

 

「ほんとにありがとうございます!まさか一発でクライストチャーチまで行けるとは思ってもみませんでした!車から何かサインが見えた時には『もしや』と思ったんですけどね」

「君が乗らないようなことだったらそれで構わなかったんだ。反対車線に車を止めていたしね。そうか。君は日本人か。日本人だと宗教は何になるのかな?ブッディズム?」

「まぁそういうことになりますかね。でも僕は仏教のことを哲学だと考えています」

「あぁそれは分かるよ。いいよね。僕は”Bahai(バハイ)”という宗教を信仰しているんだ」

「バハイ?聞いたことないですね」

「これはサモアで生まれた宗教で170年前から始まったんだ。イエスやアッラーもブッダもない。神様を概念としてとらえ、特にこれといって決まった日に教会に行かなければならないとか、一日の定められた時間にお祈りするだとかそういうのもない。テンプルみたいなのはあるけど、バハイを信仰している人は好きな時にお参りすることができるんだ。バハイは自然を、特に大地を大事にする宗教で、ベジタリアンってわけではないけど、大地の恵み、つまり野菜だとか果物を食べるように呼びかけている。魚はオッケーだよ」

 

宗教の話をされると、僕は門外漢なので適当に流すのだが、モズィーの話は興味深かった。なんだかいいとこ取りをしているゆる〜い宗教ってかんじ。ゲイやレズビアンは認めていないが、かと言って拒絶するわけではないともモズィーは言っていた。すっげーフレキシブルだ。

 

 

 

会話は途切れることはなかった。途中に雨が降り出して車のフロントガラスを叩いた。なんせダニーデンからクライストチャーチまでは300kmくらいあったもんだから、話をする時間はたっぷりとあった。途中休憩でマクドナルドに立ち寄り、僕はラージサイズのコーヒーを買った。

モズィーは現在、息子二人と奥さんがいる。息子二人はサマースクールに行っているらしい。奥さんは大学で考古学を学んでいるのだとか。

僕が漫画家だというとモズィーはとても面白がってくれた。そして自分の身の上話を僕に聞かせてくれた。

 

 

 

「僕が働き始めたのは18の頃からだ。家族の長男として弟や妹たちを養っていかなければならなかった。サモアからニュージーランドへやって来たんだけど、最初の数年は英語がまったくしゃべれなかった。朝は6時から夜中の8時まで毎日働いて家族を養っていたんだ。妹二人は大学を卒業して一人はアメリカで看護婦をしてるし、もう一人も同じくナースで、最近弟夫婦に子供が生まれた。あの時僕が頑張ったから今の家族があると思ってる。そして弟たちが自立できるようになると、やっと僕は自分の人生を生き始めたんだ。

僕はバハイの関係でイスラエルで三年間ボランティアをすることにした。エルサレムのエルサレムにはボランティアをしながらバハイを知ってもらおうという活動が行われているんだ。他にもケニアだって行ったことがある。

それでー、三年間ボランティアをして、僕はまたニュージーランドへと戻ってきたんだ。今度は素敵な奥さんを見つける時だってね。彼女と出会って、結婚して、子供が生まれた。さっきも言った通り、今は彼女が大学で勉強しているし、子供たち二人もまだ若い。今はとっても忙しいんだけど、彼女が博士号を取ったらサモアの大学で教えることができるんだ。そうしたら僕たちはサモアへ戻ろうと考えてる。

僕はね、何か行動を起こす前に必ず計画を立てるんだ。最初の9年は僕が家族を養うための時間だった。次の3年はバハイを知り、世界を覗くこと、そして、今は家族を築いていくことだ。そして大事なのは目標にフォーカスを当てて、どんなことがあっても自信を失わないことだね。お金がないことなんて何度もあったけど、僕はそれを深刻な問題だとは考えなかった。そうして今も僕はこうしてやれている。

ねえ、僕はね、お金が貯まったらアメリカン・サモアで土地を買おうと思っているんだ。そこで野菜を育てたりするんだよ。家族もそっちに移り住めるようすれば一緒に暮らせるだろう?」

 

モズィーの言葉には力があった。話を聞く限り大変な時期をくぐり抜けてきただろうに、そこにはネガティヴな要素がまったく含まれていなかった。

 

 

僕がモズィーから学んだのは「期限を定めて計画を立てること」だ。頑張って漫画を描いていれば、いつかは売れだろうとかそういう曖昧な計画じゃなくて、帰国後の最初の六ヶ月は出版社を探すといった具合に。

モズィーと話していると僕は勇気がもらえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

クライストチャーチに着いたのは16時頃だった。

僕たちは5時間以上一緒にドライブし、その間ずっと何かを喋っていた。僕はお礼にドローイングをプレゼントした。モズィーは「子供たちが喜ぶよ」と笑顔でそれを受け取ってくれた。

僕が車を降りたのは、前回ヒッチハイクを始めた”Hornby(ホーンビイ)”とい地区だった。すぐ近くにショッピングモールがあったので、僕はそこで時間を潰した。このとき雨は風に吹かれて煙のように降っていた。

 

 

そうして18時になると僕は3.5NZドルでバスに乗り、町の中心地へと向かった。

二度目の街は気分が楽だ。行きつけのバーガーキングまで行き、Wi-Fiにありつくと、23時には前回と同じ公園にテントを張った。最近寝る前にナチュラルドレッドをほどいているんだけど、一向に毛玉がほどけない。ドレッドって一度できたら切る(刈る)しかないのかな?

 

 

 

震災後のクライストチャーチは基本的に静かな街だが、今日は違った。

夜中2時頃にコカインでもやってハイになったバカが近くの通りで15分以上叫びっぱなしだった。

夜中になると風も強く、テントのフライは「バタバタ」とずっとはためいていた。

 

 

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