「楽器屋と鍵盤弾き」

3月1日/台湾、台南

 

 

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前日は遊具の中で眠った。

さすがに地上から離れた場所にいる不審者に対しては犬は吠え立ててこないようだ。

そもそも野良犬って言ってもそこまで沢山いるわけじゃないからね。夜中に見回りに来るのが人じゃなくて犬なだけってこと。

ただ、どこの公園でも朝からお年寄りがヘンテコなご長寿ダンスを踊っている。スピーカーからラジオ体操のような、エアロビのような音楽をかけるのだ。どこでも拍手や合いの手が入るんだなこれが。

夜中には絶好の隠れ家だと思った遊具の中も、あたりが明るくなってしまえば丸見えだ。

お年寄りたちがはけると僕はそそくさと遊具を後にした。

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僕が寝ている公園から市民プールまでは五分もかからない距離にあった。

50台湾ドル(約170円)でシャワーを浴び、衣類を洗濯して濡れたままで着た。

なんだか台湾は日を追うごとに暖かくなっていくような気がした。日本よりも早く春が来るんじゃないかと思ったくらいだ。

 

こんなよく晴れた朝に町を歩くのは気持ちがいいもんだ。

まだ人はあまり多くなく、多くの店がシャッターを下ろしている。台湾では断然夜の方が栄えているのだ。

 

 

 

ひとつ僕は気になったことがあった。

それは台湾でスーパーマーケットを見かけていないということだった。

オーストラリアでは節約のためにフルーツやらパック詰めされた野菜を買って食べていたので、それなりに健康的な生活を送れていたのだけれど、ここではその野菜を売る場所をほとんど見かけないのだ。

果物は時々見かけるが値段がオーストラリア以上だったりする。日本の富士リンゴなんて売っているんだけど、値段が日本より高い場合もある。

屋台やローカルの食堂は安いのだけれど、野菜が少ないのだ。

 

 

 

今日はスターバックスには行かずにギターの弦を買いに行くことにした。

どこに楽器屋があるのかネットで調べたのだけれど、台南駅周辺には楽器屋はないというのだ。驚きだ。

調べたところによると、台南駅から数駅離れた場所に楽器屋があることが分かった。ローカル電車に乗るのも面白いだろう。

僕はその楽器屋に足を運んでみることにした。

 

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切符は簡単に買うことができた。値段もさして高くはない。相変わらず漢字だらけの台南だけれど、駅員さんに目的地を伝えれば乗るべき電車がどれかも教えてくれる。やっぱり台湾は旅がしやすい国だと思う、。

 

ローカル電車は日本のそれとなんら変わりがなかった。

 

昼前の電車に乗っているのは、子連れのお母さんだったり、お年寄りだったり。車内に陽だまりができる。ゆったりした空気感の中、僕は日本を思い出してほんの少し寂しい気持ちになった。

日本に帰ることはすなわち、旅の終わりでもあるのだ。

いずれは帰る場所だけれど、僕にとっての旅とは、ひとつの居場所のようなものでもあった。どんな場所、どんな国に行っても、僕は「旅」の中にいた。

いや、もう十分旅をしただろう。

そうそろ帰る時期なんだ。

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その楽器屋は隣町の駅から徒歩5分くらいの場所にあった。

営業時間ではあったが、店主は店を開けているみたいだった。張り紙がしてあり、そこに電話番号が書かれていた。

店からは鍵のかかっていないWi-Fiが流れていたので、僕は時間をつぶすことができた。

店内では猫が買われていた。毛並みが白く、目がガラス細工のように澄んだブルーだった。

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僕がガラス越しに猫とじゃれ合っていると、店の前に車が止まった。中から楽器屋の店員らしくないお姉さんが出てきて、「お客さん?」みたいなことを言った。日本語と英語の喋れる可愛いお姉さんだった。

 

楽器屋の内装はかなり綺麗でどこか洗練されていた。品揃えは日本より少ないが、ギターを弾く上で必要な原野ピックなどは一通り揃っていた。

奥ではドラム教室をする小部屋があり、そこからかすかに音が聞こえた。

僕はそこで弦のバラ売りとピック、そして久しぶりにチューナーを買った。ニュージーランドやオーストラリアではiPhoneのアプリでチューニングしていたからね。

たぶん、この旅でギターの備品を買うのはこれで最後になるだろう。

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弦を買うと、僕は再び電車に乗って台南駅へと戻った。

今日は駅前でバスキングをすることができた。しばらくは警察も注意してこなかった。

「ビッグイシュー」を販売する笑顔の素敵なおじさんに似顔絵を描いたりした。

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それでも最後には駅員がやって来て、バスキングは終わりになった。

日の暮れるまでに時間が少ししかなかったので、僕は地下道で弾き語りをすることにした。レスポンスの量は似顔絵よりも多いのだが、レスポンスが一番よかったのは初日だった。

地元の人が行き交う台南駅前の地下道で僕は一人の日本人に出会った。

名前をタカシさんと言い、キーボードを持っていた。僕と入れ替わるようにして、今度はタカシさんが地下道でバスキングそすることになったのだ。やっぱり台南で演奏するのであれば、ここがベストロケーションのようだ。

タカシさんはさらりと100NT札を僕にくれた。日本人バスカー同士ではあまりそのようなことは起こらないので(特に向こう側からのレスポンスはない)、僕は少し驚いてしまった。

タカシさんの話によると、つい先日まで、この地下道で車椅子の日本人バスカーがいたそうだ。名前は知らないが、金丸さんのブログを通して、僕はその人のことを知っていた。

自分の旅が終盤だからというわけではないが、同じように世界一周を掲げて旅する人間に会ってみたかったが、すれ違いは日常的なものだ。事前に連絡をしないのであれば、そんなものだろう。

 

タカシさんの演奏はビートルズがほとんどで、地方の都市の駅構内で流れるような、どこかレトロなエフェクターがかかっていた。

歌はなく、小さなアンプに繋いだキーボードの音がいい具合に地下道に響き渡った。

僕はバスキングの邪魔をしてはいけないと、引き上げることにした。去り際に50NTドルくらいのコインを入れようとしたのだが、タカシさんは頑なに僕からのレスポンスを受け取ろうとはしなかった。

何か気高いプライドのようなものを僕は感じた。

 

バスキングを終えた僕は、いつも野宿をしている公園までの帰り道で、一見の定食屋を見つけた。

そこで働いているお兄さんは、以前日本で働いていたこともあるらしく、少し日本語を話すことができた。

初対面だっていうのに、フレンドリーさ全開で僕に接してくれたことが嬉しかった。

25NTドルの豚丼を食べていると、タカシさんがやって来て、僕たちはそれとなく立ち話をした。

タカシさんはどこかのゲストハウスに滞在しているようだ。一ヶ月泊まる予定であれば、宿泊費はわずか300NTドルにしかならないらしい。

バスキングのレスポンスも他の都市に比べていいらしく、台南を随分気に入っているようだった。

 

 

実に、世界中にはたくさん面白い人がいるじゃないか。

同じような旅を続けていれば、どこかの路上でふと巡り会う。

そしてまた、別々の道へと別れていくのだ。

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