3月17日/台湾、台北
ずっと野宿とバスキングの毎日だった僕だけれども、
何も観光に全く興味がないわけではない。
たぶん、台北を訪れた日本人なら必ず行くであろう観光地に僕も行ってみようと思っていた。
「九份(ジョウフェン)」
というのがその土地の名前だ。
ジブリ映画ファンの間では「千と千尋の神隠し」のモデルになった場所とも言われている。
うまくいけばそこでバスキングもできるだろうし、居心地の良い場所であれば今日一日は宿を取ってもいいかなと、僕は考えていた。
今日が台湾を丸一日フルで動ける最後の日。
明日の夕方には僕はこの国を出発することになっている。
プール脇で目覚めると雨は降ってはいなかった。
事前に天気予報も調べておいた。今日はずっと曇りのようだ。
寒すぎたのでシャワーを浴びることもしなかった。そのまま西門にあるスターバックスで午前中を過ごそうか考えたが、すぐに台北駅の方へと方向を変えた。
そうしてMRTに乗って僕は忠孝復興駅へと向かった。
先日モンゴルぶりに再会したウーによると、ここからバスに乗って九份まで行くことができるらしい。
どこからバスに乗れるのか周りの人に訊いてまわっていると、「九份行きならこっちだよ!」と観光客を誘導するおっちゃんに出くわす。
バス乗り場は道路の脇に設けられた停車スペース分しかなかったが、そこに九份行きのバスがやってきた。直通バスだがあまり飾り気のないローカルバスに毛が生えた程度のバスで、なぜだかバックパックを車内に持ち込まなければならず(荷室を使わせてもらえなかった)僕は最後尾で縮こまっていた。なんせまわりは小綺麗な観光客ばかりだからね。
席はすぐに埋まった。九份まで行く間に乗客の乗り入れがあった。地元の人の足としても使われているようにも思えた。
最初は起きて外の景色を眺めていたのだが、だんだんとウトウトしてきて、気がつけば眠っていた。
うたた寝から覚めボヤボヤした頭で外の景色を見ると、そこは海に面した山間の道路と斜面に建てられた家々が見える景色だった。
曇り空が九份を山間に隠れた秘境のように演出していた。悪くない。
う〜〜〜〜ん…、なんか楽しくない。
観光客たちは旧市街で一気にバスを降りた。
僕は後部座席にいたばかりか、バックパックを背負うのにモタついていたため、終点まで運ばれてしまった。まぁ、別に腹を立ててもしょうがないよ。のんびりいこう。
僕がバスを降りたのは九份から数キロ離れた場所にある博物館の近くだった。そこにも観光客がやってくるようだが、そこまで人数は多くない。
バスの運転手に尋ねると、九份へ戻るバスをすぐに教えてくれた。iPadの手書きメモか、もしくは手の甲にでも文字を書いておけば、それで筆談は成立してしまう。台湾の旅はほとんど苦労しない。
バスには他の日本人旅行者も乗っていた。お母さんと40代くらいの娘さんの二人旅でただただどしい英語を話していた。どうやら彼女たちも間違ってここまで運ばれてきたらしい。
近くにいた台湾人は日本語が達者で、彼女たちに降りる場所を教えていた。彼らの会話を聞くとどこか心優しい気持ちになれた。日本語を話せる人間が日本の外にいるだなんて。そして彼らは僕たちを好いていてくれているのだ。
今度こそ九份のバス停で僕は下車した。
バス停は山の中腹にあり、そこから少し下ると、旧市街の入り口がある。観光客たちはそこに吸い込まれるように入っていった。
旧市街は狭い路地で多くの人々で賑わっていた。それは僕に今までに旅した国々のマーケットを思い出させた。
だが、目の前に広がっているそこは、地元の人が利用するマーケットではなく、観光客で賑わう作られた路地だった。
隙間なく立ち並ぶ店のほとんどは飲食店で、どの店も活気があり、誰かしらが何かしらを喋っている。
僕はいつものバックパックにギター(そして前にはショルダーバッグ)という、人込みでは迷惑にしかならないような格好でみんなと同じような歩調でのろのろと歩いた。
二軒ほどで軽く食事をとったつもりが、ちょこちょこと甘味などを挟んでいくうちに、腹が膨れてしまった。たぶんおじいちゃんと同じくらいの胃袋の大きさなんじゃないかなと思う。胃ってさ、ずっと食べない状態でいると縮んじゃうらしいんだよね。なんだかそれって便利じゃない?
まぁいいや。僕はその限りなくホームレスに近い状態で旧市街の道を一応終わりまで歩いてみた。道の旧市街(とエリアづけされている場所)の最後の方にはいくつか民宿のような宿があった。
そして僕はここへ来るまでの道のりですっかり九份に対する魅力を失っていた。人は多すぎるし、なんだか歩いていてもあまりワクワクしないのだ。
ブログに写真がないのも、それが理由だろう。なんだかわざわざiPadを取り出して写真を撮るのが億劫に思えたのだ。
僕の感性がすさんでしまったのかもしれないし、ここへは友達なんかと来るのが正解なのかもしれない。まわりを見渡してもそんな感じだ。あまり僕の求めているような旅情は感じられなかった。どちらかと言えばテーパパークに近い印象だ。
日本人観光客たちの姿も多く見られた。改めて台湾が日本人とって海外旅行しやすい国のひとつなのだということがわかる。彼らはそれぞれ、当たり前だけど、友達やら彼女たちと日本語を使って会話をしていた。
そしてここにいる観光客の半分は台湾人観光客だった。
みんなそれぞれに楽しそうな顔をしている。僕もこの環境を楽しもうと意識したけれど、それでも心に引っかかるものは見つけられなかった。
いつの間にか雨が降り始め、アーケードを打つ音が聞こえた。ここでバスキングをしようとする思いもどこかへ消えてしまった。
そうだ。「千と千尋〜」はどこにあるのだろう?
僕はそれらしき場所を探してみたのだけれど、あの世界観を感じることのできる背景はどこにも見当たらない。よくトリップアドバイザーなんかのサイトの写真で見た、有名なお茶屋さんはあったが、それのどこが「千と千尋」の世界観に重なるのかわからなかった。
一応…、ね。
というか正直にいうと、僕はほとんど下調べもしないでここにやって来たのだ。
とりあえず九份に来さえすれば、あの世界観(ジブリね)に近いものを見られるのだと信じきっていたのだ。
もちろん九份には九份の魅力のようなものがあるし、あそこが舞台になったというオフィッシャル(公式)側からの言葉もない(はずだ)。
そうだ。
前にもこんなことがあったなと、僕は自分の旅の記憶を遡ってみた。カンボジアのベンメリアからも全然ラピュタは感じられなかったっけ。
ちょっとだけがっかりした気持ちを取り戻すために、暇そうな飲食店を見つけて、そこでマンゴーかき氷を食べた。
こんなん写真に残しても..ねえ。でも、美味しかったよ。
店の人間たちは暇そうに天井付近に取り付けられたブラウン管のテレビをずっと眺めていた。
僕がコンセントを使っているのも気にしなかったし、眠そうにしていると「どうぞお構いなく」というようなことを言ってくれた。観光地でも閑古鳥が鳴いている店があるのだ。
結局僕は九份に二時間程度しか滞在しなかった。
再びバスに乗り、台北駅へと戻ることにしたのだ。帰りのバスの中でも僕は眠っていた。
どうしてもしっくりこなくて僕は西門へと向かった。
その頃には雨はもう上がっていた。
アーケードの下で漫画を描き始めると、ポツポツとオーダーが入った。
昨日あれだけ「最後」と言っておきながら今日もやるなんて、なんだか嘘をついているような気もしなくもなかった。
それもあってか、お客さんもあまり来なかった。その分良いものが描けたけどね。
センキュ〜〜!30パーセント増しですヨ!
いい感じで漫画のキャラに落とし込めたな。
これが台湾ラストの似顔絵。
台湾のみんな、本当にありがとう。いい経験と蓄えになったよ。
そんな中で二人の日本人が僕に声をかけてきてくれた。
一人はジョーくんと言い、聞いた話によると着物姿でバスキングしている人らしい
「うわ〜!シミさん、会いたかったです!」なんて嬉しいことを言ってくれる。彼は友達と会う約束があるらしく、すぐに帰っていった。
もう一人は美容師のショーくんだった。ジョーにショー。なんだかコンビみたいだ。違いは濁点だけ。
ショーくんはどちらかと言えば感情を表に出さない感じのクールなヤツだったが、僕の長い髪の毛を見ると、「シミさん、髪切らせてもらえないですか?」と向こうから頼んできたくらだった。どうやら彼は青空散髪屋をやっているらしい。
その時には僕はまだ似顔絵を描いていたのだが、とうとう警察官が来てストップがかかった。いつものメガネをかけた暇そうなお兄さん。きっと僕のことを注意するのが仕事なのだろう。
不思議な話でライセンスを持たない、ショーくんやその他のバスカーもここでバスキングをしているのだが、警察が彼らに一瞥もくれないで去っていく場面を何度か目にしている。
この違いは一体なんだ?
アーケードの隅で誰も迷惑をかけずにお客さんとの触れ合いを楽しんでいるだけなのに!なんてね。
僕としては今日数人の人と話せただけでも満足だったので、素直にバスキングを切り上げた。これが正真正銘、台湾でのバスキングでのラストだった。
側から見るとごみを散らかしてるだけにしか見えないね。
食事をとってぶらぶらしていると、ショーくんの姿を見つけた。
ベンチに荷物を置き、髪を切りますと中国語で書いた看板を出しているが、どこか控えめな印象だ。
行き交う人に時折、「ヘアカット?」と尋ねているが、お客さんはなかなか現れない。「一人目のお客さんを見つけるまでが大変なんですよ」とショーくんは言っていた。
美容師のバスカーを僕はそれまで見たことがなかったので、しばらく邪魔にならないところで見学させてもらった。
しばらくすると、顔見知りだという台湾人のお兄さんがやってきて、ベンチに座った。
髪よけをお客さんの首にかけると、ショーくんはカットを始めた。
東京の有名なサロンで働いていたというショーくんの手さばきには迷いがなかった。
ものすごい速度でお客さんの髪を切っていく。
その手さばきから僕は理解した。
彼は「プロ」だ。
ギャラリーすげえ。
そこから24時まではノンストップだった。
この路上パフォーマンスに思わず僕は130NTドルほどレスポンスを渡したくらいだ。
カットのみでここまで面白いことができるだなんて。
もしスピーカーを使って場の雰囲気を盛り上げる音楽を流したり、装飾品をちょっと凝らすだけでも、もっと面白くなるはずだ。
カットの料金は人によってさまざまだが、だいたい100NTから200NTドルのレスポンスがあるみたいだった。
カットの終わりにウェットティッシュを渡すところや、ちゃんと最後に散らばった髪の毛を掃除していく姿に日本のサービスを感じた。
バスキングを終えたショーくんの顔には充足感が漂っていた。
今日も一仕事終わったというような気持ちのいいくらいの疲労。そして笑顔。
おつかれいっ!
「ほんとうは今日西門に来るかどうか迷ってたんですよ。今朝、すごい体調悪くて。でも切っているうちに元気になってきたました」
西門で夜遅くまでやっているような場所でビールを飲んでいる時に、ショーくんはそう言った。
話を聞くとショーくんは24歳。これから半年かけて世界を旅するそうだ。そしてこの台湾が彼にとっての一カ国目らしい。
24歳という歳を聞いて、僕が世界一周に旅に出たのも同じ歳だったことを思いだした。
旅を終える人間と旅を始める人間。
なんだかこの出会いに漫画的なものを感じてしまう。
ショーくんは、その半年という時間の中で沢山の人達に出あうだろう。何人もの人の髪の毛をカットし、実践を通して日本では得ることのできない経験を得ていくのだろう。
話の中でショーくんは「誰でも気軽に来れる。そんな店を持ちたい」そう言っていた。ホームレスだろうと、セレブだろうと誰の髪の毛でも切ることのできるスタイリストか。なんだか素敵じゃないか。
僕も最後の最後でいいヤツに出会えた。
僕にとってもこういう路上での出会いが何事にも変えられなかった。
僕たちは出会い、語らい、そして心の中の熱い思いを交換した。それが自分の心を加熱し、また一歩僕を前進させてくれた。
人と出会うことがこれほど意味を持つことの意味合いは旅を続ければ続けるほど僕の中で深くなっていった。
僕は友達が少ない。日本には相棒と何人かの仲間がいる。それと時折顔を合わせる知り合い。
言葉で定義づけることは野暮なことなんだろう。
だけど僕はどうしてか、今まで旅で出会った人達に対して、特に世界を旅する日本人に対しては「友達」という感覚を抱いている。
一緒に酒を飲んで語らえば、僕たちは友達になれたのかもしれない。
まぁ、いいさ。言葉なんてどうでも。
またどこかで会おう。
僕たちは深夜2時の交差点で別れた。
九份はそんな感じだったんですね。
優しい台湾の人達。
いつか旅行に行ってみたいな~。
>あっきーさん
台湾はマジでオススメですよ。
近いし、安いし、まるで日本の延長線上にあるような感じです!
ただー、台湾で会った日本人の方で
八角(香辛料)の匂いがダメっていう人はいました。
いや〜〜〜、でも、行ったら絶対楽しいですよ。
野宿もし放題だしね笑。