3月21日/日本、岡山→鳥取
判明したのは僕がまるっきし見当違いの方向に向かって進んでいるということだった。
方向音痴もここまでいくと実に見事だ。誰かに褒めてもらいたい。
と言うのも、僕は鳥取市に向かってヒッチハイクを試みていたのだが、僕が目指す場所は米子市だったのだ。
僕が現在いるのは、岡山県の赤磐市という山奥だった。
なぜ僕が米子(っていうか昨日まで鳥取市に向かってたんだけど)を目指しているのかというと、そこにイシムラ・ハヤトという男が住んでいるからだ。
僕は彼に会ったことがなかったが、彼のことは知っていた。
ハヤトは僕が大学時代に在籍した「ごみゼロナビゲーション」でかつてスタッフとして同じように活動していた、いわば先輩にあたる人物だった。今は米子市から少し離れた場所にある日野町という場所で地域おこし協力隊として暮らしている。
移住に興味のある僕はそのような生活を実践している彼の話を聞いてみたくて岡山からこうして北上してきたのだ。
ハヤトを知るきっかけになったのは、相棒のまおが彼に心底惚れ込んでいたからだ
ハヤトの話はまおからちょくちょく聞いていた。まおは僕が旅に出ている間に何度か米子に遊びに行ったこともあった。その都度LINEで僕に写真が送られてきた。まおが言うにはハヤトは「シャンクス的存在」らしい。
そして今日は米子でイベントがあるらしい。昨日僕がハヤトに「間違った場所に来てしまった」と連絡を取ると、すぐさま「米子に来い!」と返事が返ってきた。どうやら僕は今日中に米子に行かなければならないらしい。いや、行くよ。いいタイミングだもの。
ひとまず僕がすべきことは、ここからヒッチハイクで20km先の林野駅まで行かなければならないということだった。
高速道路でもなんでもない一般道でヒッチハイク。
果たして車は止まってくれるのだろか?
ヒッチハイクを始める前にローソンで缶コーヒーを買った。
やっぱり僕の旅の一日を始めるにはコーヒーが不可欠だ。
ローソンの駐車場をうまく使うようにしてヒッチハイクを開始した。
一般道ということもあって車のスピードもそこまで出てはいない。こんな辺鄙な場所でヒッチハイクをする小汚いヤツを見て運転手たちは笑顔絵を浮かべる。
止まってぇぇえええ!!!
わずか15分足らずで一台の車が止まった。
運転手の奥さんらしき人が出てきて、怪訝そうな顔で「美作(みまさか)まで行きたいんですか?」と訊いた。やべっ…、日本人ってこんなに温かかったなんて!泣きそうだよ。
中野さんご家族はフレンドリーな方々だった。
運転席と助手席に旦那さんと奥さん、そして小型犬が座り、後部座席には高校生の娘さんが座った。その横にバックパックを挟んで僕が座った。「はい。これ」と言って旦那さんから缶コーヒーが渡された。本日二本目。ありがたく頂戴した(笑)。だってコーヒー好きだもん♪
旅の話も面白がって聞いてくれる。
ニュージーランドがヒッチハイクが一番しやすい国だと聞いて彼らは驚いていた。そもそも日本じゃあまりヒッチハイカーなんて見ないもんな。日本でヒッチハイクをする人間がいることは知っているけど、僕も日本でヒッチハイカーなんて見たことがないから。
あれだけ昨日しんどい思いをして歩いた20kmが、車で行くとなるとあっという間だった。中野さんには林野駅の目の前で車を降ろしてもらった。
「どうぞSNSで僕のことを晒してくださいね」なんて冗談を言って中野さんご家族とは別れた。
さっそく僕は切符を買った。
ハヤトが住んでいるのは「上菅駅」という場所だ。2300円くらいの金額だった。まぁ、今日は時間のロスもしたくないので、電車の旅を楽しむことにしよう。そのためのお金と考えれば悪くない。
次の電車は一時間後に来るみたいだった。それまでの時間、僕は林野駅の周りを歩いていることにした。
駅の周りにはほとんど何もなかった。
小さなパン屋や美容院を見つけたが、この町にどれだけ人が住んでいて、どれだけの人がこれらの店を利用するのか僕には分からなかった。ただ、美容院の入り口には「スタッフ急募」という張り紙がしてあった。ネイルサロンとしても営業しているみたいだ。
朝の時間ということもあり、ほとんど人も出歩いていない。なんだかこの町を僕が独り占めしているような気分になる。
川を渡ったところに小さなケータリングを見つけた。
そこではたい焼きが売られていた。手作り感のあるコンパクトなお店。内装も洒落ており、ポータブルスピーカーが置いてあるのが見えた。
DIY!!!この手作り感最高!
中には30代くらいのお兄さんが一人座っていた。僕のギターを見て「音楽で旅をしているんですか?」と訪ねた。いやいや、僕はミュージシャンじゃありません。
たい焼きはわずか100円という安さで売られていおり、味はあんこのみだった。僕はふたつばかし買い求め、それを食べながらお兄さんと話をした。お兄さんはフィリピンやバリ島なんかを旅行したことがあるみたいで、旅の話題でそこそこ盛り上がった。「旅」という共通の話題があるだけで、人とのコミュニケーションが円滑になったりする。
写真を撮らせてもらったお礼に100円をチップとして渡した。
バスキングのくせみたいだものだ。お兄さんは「別にお金なんて払わなくていいのに」と少し驚いた様子だった。でも、お金ってこういう風に使うのもありじゃん?
話していると、屋台の近くにワゴン車が止まり、中から小さな女の子が二人出てきて、たい焼きを注文した。よく見ると、地面に小さな踏み台が置いてあった。きっと子供用だろう。そんなささやかな心遣いに僕はどこか嬉しくなった。
ほっこり..。
ちょうどその屋台の隣でみかん数種類が売られていた。
ハヤトへのお土産にしようと僕は考え、そこで一番甘いものを買った。「セトカ」という品種で愛媛産らしい。
お店のおばちゃんは「これでセトカは最後だから」と試食用のセトカをビニール袋にいれて僕にくれた。「これ、電車待っている間に食べてね」その一言が嬉しい♪
知らない土地で会ったことのない人と出会う。それも旅だ。僕は日本に帰ってきたのだという感じが全くしなかった。新鮮な気持ちのまま僕は林野駅へと戻った。
おばちゃんは写真に撮られるのを恥ずかしがって逃げちゃいました。
やってきた電車はワンマン電車だった。
改札には誰もおらず、下車する時に車掌に切符を見せればいいようだ。
電車に乗り込む前に買った紙カップの抹茶をすする。じんわりとお腹が温まる。
電車の旅も僕を新鮮な気持ちにさせてくれた。
車窓の向こうを通り過ぎていく山々や家、そして小さな駅たち。
いつだって人の少ない場所を通り過ぎた時に思うのは『ここに住む人たちはどんな暮らしをしているのだろう?』ということだ。
東京に比べれば稼ぎは少ないのだろう。でも、ここで人が暮らしているのは事実だ。それは僕に「どこにいたって人は暮らしていけるのだ」というメッセージを伝えてくれる。こんな場所で野菜を作りながら漫画が描けたら最高だろうな、なんて妄想をする。
津山駅で乗り換えをすることになった。次の電車も一時間後だった。
100km以上離れた場所に行く切符を買った場合、途中下車ができるみたいだ。僕は改札を抜けると、津山駅周辺をぶらついてみることにした。
見つけた商店街はほとんどがシャッターを下ろしていたが、僕はそこで一軒の本屋を見つけた。
すぐに中に入る。店には店主と一人の客しかいない。僕はバックパックを背負ったまま、店内に入っていった。
日本に帰ってきて無性に村上春樹が読みたくなった。バックパックにはボロボロになった「ノルウェイの森」の上巻が入っているけれど、今は新刊が読みたかった。
わざわざ店主のおっちゃんに尋ねて「村上春樹ってどこですか?」と訊いたのだが、店には文庫化された作品しかおいていなかった。こんな小さな町の本屋だ。漫画と雑誌、そしてリアルタイムの新刊が売れるのだろう。
「ステキにして..」ってオーダーする人何人くらいいるんだろう?
そこで手に取ったのは
「走ることについて語る時に僕が語ること」と
新潮社の「Story Seller」の第1巻だ。
あれだけ海外にいる時は節約していたのに、日本に帰ってきて途端、あまりよく考えずにお金を使うようになったから不思議だ。思い出してみれば、日本にいた時も入ったバイト代でガンガン本を買っていたな。ブックオフとか好きだった。
バスキングで稼いだ台湾ドルを両替した日本円を入れた封筒から五千円を出して会見を済ませた。
店主は満面の笑みを浮かべて「どうもありがとうございます♪」とお礼を言った。その言葉が心の底から出てきた言葉のようで、本を買った僕も嬉しい気分になれた。あれだけ温かい「ありがとうございます」を言える人にはそうそう会えないんじゃないか?
駆け足で津山駅に戻ると、ベンチに座ってさっそく買ったばかりの本を読みだ出した。村上春樹の本を数ページ読み出して気が付いたことは
『あ、この本、持っている..』
ということだった。
ただ、本の内容は素晴らしかった。
買ったのは村上春樹の走ることについての回想記なのだが(タイトル通りだ)、彼は「物語を作る上では体を健全に保たなければならない」と言っている。僕も長い話を描く上で参考になる話が書かれていた。まさに今読むべき本だった。
村上春樹と短編集を交互に読むようにして時間を過ごした。そして時々顔を上げて、外の景色を眺めた。
次に乗り換えで止まったのは「久世駅」という駅だった。
ようやく米子行きの電車に乗れることになったのだが、乗り換えに一時間以上あった。仕方ないが途中下車も電車旅の醍醐味だろう。僕は改札を出て駅周辺をぶらついてみることにした。
歩いているとパン屋を見つけて、ついつい焼きたての手作りパンをみっつ買ってしまった。まぁ、これも途中下車の醍醐味だろう(笑)。
また、久世駅周辺では先ほどの書店よりも大きな本屋を見つけた。迷わず中に入る。品揃えが豊富でゲームやスマートフォンのアクセサリーなんかも売っているような店だった。
先ほどと同じように村上春樹の新刊を探した。やはり大きな店だけあって、そこで目当ての本を見つけることができた。
「色彩を持たない田崎つくると巡礼の年」という本だ。
その本の横には新しい短編集と紀行文が置いてあった。まだ読んだことのないタイトルだ。「ラオスにいったい何があるというんですか?」という題名だ。なんだか現代っぽいタイトルだ。
そうだなラオスには雄大な自然があって、オーガニック農地がちらほらあって、それでいて最近は観光客を狙ったひったくりなんかの軽犯罪が多発しているかな?
さすがに他の新作は買えなかったので、目当ての一冊だけレジに持っていった。レジのお姉さんがびっくりするほどの美人で目のやり場に困った。岡山住もうかな?
買ったばかりの本を駅のプラットホームで読んでいる時間は贅沢なひとときだった。陽光が駅の前に広がる野原を照らし、ほんのりと冷たい風が頬をかすった。
一応電車に乗る前にどの電車に乗れば米子に行くことができるのか確認してみた。
ワンマン電車から降りてきた車掌二人は、それぞれの折り目やマーカーが塗られた時刻表をめくって僕の乗る電車を調べてくれた。若手の駅員が先輩にいたずらっぽく言う。「ここで特急に乗れば5分早く着けますよ?」それを聞いて先輩が「わざわざ5分浮かすために特急に乗るのか?」呆れ顔絵で答えた。
鳥取駅に向かう電車に揺られていると、夕日が窓から差し込んだ。
僕はしばらく山の向こうに沈むオレンジ色の夕日を眺めていた。
もう米子で行われているイベントに間に合うか自信がなかった。
ハヤトの住んでいる菅上駅で降りて、待っていようかと考えたが、そのまま米子まで行くことにした。まぁ、なんとかなるさ。
米子駅に戻ってきた時、
そう。
僕は米子に戻ってきたのだ。
乗り越し清算を済ませ(なんと700円以上もかかった!)米子駅の改札を出た時、僕はようやく世界一周を終えたのだという気持ちになれた。
というのも、僕の旅はここから始まったからだ。
米子にある境港からフェリーに乗り、僕はロシアへと渡ったのだ。
まず先に始めたことはWiFiを探すことからだった。
駅周辺をiPad片手にウロウロしたのだが、どれもキャリアと契約していなければ使えないものばかり!あぁ!チクショウ!
WiFi難民と化し、駅構内をウロウロしていると、スーツケースを持った爽やかなお兄さんに「どうしたんですか?」と声をかけられた。
話をしてみると分かったことは、その爽やかお兄さんはオーストラリア在住で今は里帰として日本に戻ってきたとのこと!
「僕にも手伝えることがあったらいいんですけど..」と言うお兄さん。だが、どちらもキャリアと契約していないためWiFiは使えない。そうこうしているうちにお兄さんは待ち合わせしていた友達がやって来たのか、爽やかにその場を去っていった。
時刻は20時前。もうイベントとかぜってー終わってるし!なんだか泣きたい気持ちになってくる。
ダメ元でいってみたのが、アコムだかセコムだかラララ無人君だかよくわからない消費者金融の前。無人のキャッシャーマシーンが置いてある。なぜだかそこで鍵のかかっていないWiFiを手に入れることができた。
ソッコーでハヤトと連絡を取ると、まだイベントがやっていると言うじゃないか!イベント(っていうかパーティ)が行われているのは「Coco Tea」というカフェ・バーのようだ。
米子駅前から歩いていける距離にあったので、頑張ってさらに歩いた。
(ここでハヤトから教えてもらったお店の住所が違くて、タイムロスがあった。あんにゃろ!)
パーティの行われている店を見つけた時、僕はようやく今日のゴールに辿りついたような気がした。
店主の女性にハヤトの名前を告げると、ハヤトは階段の上から降りてきた。
「世界一周おかえり〜!」
とゆるい雰囲気がただようハヤトとハグをする。いやぁ〜、今日はマジで一日長かったよ!
イベントそのものはほとんど終わっていた。
ハヤトの友達のDJが音楽をかけており、その周りに数人の友達が疲れたそうにソファに深く腰掛けているだけだった。それでも店にいた人間は年齢なんて関係なくみなフレンドリーで僕を暖かく迎えてくれた。なんと昼の12時から飲んでたらしい。
イベントの最後に僕は弾き語りで数曲やらせてもらった。
最近ほとんどギターの練習をしていないばかりか、歌も唄っていないので、あまり人に聴かせられたものではなかったけれど、いずれにせよ楽しい夜だった。
パーティが完全に終わり、残ったみんなでラーメンを食べに行った。 なんだかそんなのも嬉しい。ハヤトの友達のシンジが僕にこう言った。
「米子のいいところは
人と人との距離が近いところなんだよ!」
確かにそうかもしれない。
今まで知らなかった世界。
僕の中での「日本」がまた少し広がった瞬間だった。
初めまして。
題名をみて「あ~帰国されたんだなぁ~」と読んでみると、米子の文字があってびっくりしました。私の地元なので・・・。
「米子のいいところは
人と人との距離が近いところなんだよ!」
確かに、たまに帰ると私もそう感じます。
米子へようこそ。
そして、おかえりなさい。
>麻さん
どうもです。
僕が米子を知るきっかけになったのは
世界一周1カ国目のロシアまでのフェリーが出る境港があったことと、
そこに仲間が住んでいたことでした。
それでもー、
米子、いいですよね♪
シミさん、またまたこんにちわ。
途中下車をしながらローカル線を旅するのは歳をとってからの楽しみ。
この線も乗ったことが有るので読みながら幸せな気分になりました。
いつも楽しませてくれてありがとう(*^^*)