▷11月19日/チリ、オヴァロ〜サンティアゴ→バス移動
どういうわけだか、iPhoneのヤローは時刻を自動で合わせてくれなくなってしまった。
現地の時間とは一時間の誤差がある。iPhoneで時刻を確認するたびに時差ボケのような錯覚を覚える。
それにチリの日照時間も長いのも僕にそう思わせている要因のひとつだ。
チリの季節は現在春らしいのだが、21時くらいになってようやく日が沈んでいくのだ。
ここはオヴァロの町。
僕は大型トラックの中に置かれたマットの上で毛布に包まってぐっすり眠っていた。
ここまでヒッチハイクで車に乗せてくれたのはガブリエルさんというおっちゃんだった。昨日の話では朝4:00に出発するというので、それより早くアラームをかけてスタンバイしていたのに、ガブリエルさんは時刻に現れる気配はなかった。
まあ、今日中にサンティアゴに着ければ何時に出たって構わないよ。
そう思って気持ちよく二度寝をしていると「バタンッ!」と勢いよくドアが空いた。二度寝をした時のあの時間の感覚のぶっ飛びようは、まるでタイムリープしたような感覚だ。
7:00前にガブリエルさんはやって来てトラックのエンジンをかけた。大型トラックのエンジンが鈍い音をたてている。大型トラックはすぐには動き出さない。そこにどこか人間味を感じた。
外はかなり肌寒かった。僕のかっこうはジーンズにブーツ、上はTシャツ、ボタンシャツ、フリースと言った恰好だ。それでもまだ寒く、僕はバックパックからブランケットを取り出した。なんだかんだブランケットはいろんなシチュエーションで役に立つ。
ガブリエルさんは厚手のジャンパーを着ており、寒さなんて全く気にしていないように思えた。ハンドルを回して窓を開け、呑気に鼻歌なぞ歌っている。
やがて大型トラックはゆっくりと動きだし、オヴァロの町を抜けた。
二日連続で同じ車に乗せてもらうのはかなりラッキーだと思う。だが同じ運転手と、それも言葉のあまり通じない運転手と一緒だと僕は無口にならざるえない。
会話と言ってもジェスチャーを交えて「今日は寒いですね!」とか「サンティアゴまでどれくらいで着くんですか?」とかその程度の会話しかできない。
しまいには、僕はスペイン語で会話することを諦めた。ガブリエルさんの問いかけなんかを都合のいいように解釈して「あぁ、そうっすよね!おれもそう思います!」とか日本語で相槌を打った。
言葉のキャッチボールがプッツリと途切れると、僕はひたすらに外の景色を眺めた。
アタカマ州を抜けると周りの景色は緑が増えて始めたことに僕は気がついた。それにサボテンも多く目につくようになった。
今いるのは「コキンボ州」というエリアのようだ。なお、サンティアゴはバルパライサ州というエリアに位置する。
僕はこの日もウトウトしっぱなしだった。会話もないし、景色をずっと見ているのも飽きてくる。僕が眠っているのが分かると、ガブリエルさんはいたずらっぽ笑いながら雑誌で僕の頭をはたいた。すいませんー、寝落ちしてました。
脳みそはいつだって正直だ。節エネできると感じたらすぐにスイッチが切り替わる。睡魔の原因は睡眠不足じゃないのは分かっている。
『どういう時に目が覚めるのか?』
僕はウトウトしながらそれを考えていた。
それは脳みそが働いている時だろう。クワクを感じたり、エキサイティングするような体験をした時、脳みそは一気に眠気を吹き飛ばす。
じゃあ、今この状態で脳の稼働率を上げるにはどうしたらいいだろうかーーー…
「………………」
なんて考えているうちに、いつの間にか頭が右方向45°に傾いている。ガブリエルさんがチラりとこちらを見てニヤついていた。
僕は一通りのことを試してみた。窓を開けて風を受けたり、音楽を聴いてみたり、iPhoneをいじってみたりだ。
最初はいくらか頭が働くのだが、それ。やめると、またすぐに睡魔が襲ってきた。
僕は日本に帰ったら車なんて運転できないんじゃないかなと思う。特に今みたいな長距離のドライブの時は、よっぽど運転そのものを楽しめない限り、居眠りでもして命を落としてしまいそうだ。
うつらうつらしているうちに、サンティアゴはどんどん近づいてきた。
100kmを切ったところで、僕たちは昼食をとることにした。二人とも朝から何も口にしていなかった。
ハイウェイ沿いにある小さなレストランに入ると、僕はいつものようにコーヒーを注文しようとした。そこまで腹も減っていなかったので、目だけ覚ますことができればいいかなと思ったのだ。
僕がコーヒーだけ注文するのを見て、ガブリエルさんは「おれが払ってやるから、しっかり食っておけ!」というようなことを口にした。
コーヒーの代わりに2リットルの炭酸水
がテーブルへ運ばれてきた。
僕は前回の反省を活かして、野菜が食べたいという旨をしっかりと伝えておいた。
出てきたのはボリューム満点のサラダだった。チキンがデンと乗っているのがやっぱり南米らしい。僕は久しぶりにまともなものを食べた気がした。
さすがにヒッチハイクで車に乗せてもらって(居眠りまでかまして)、さらには昼飯もおごってもらうほど僕は厚かましい男じゃない。
会計の時にウェイターにサラダの値段を訪ね、自分の分はしっかり払っておいた。ちなみにサラダは4000ペソ(¥701)もした。これは夕飯はいらないな。
サンティアゴ50km手間になって、ガブリエルさんはトラックを路肩に停めると、昼寝をすると言いだした。やはり長距離ドライバーは疲れがたまるのだろう。
14時から一時間昼寝休憩を取り、また再びトラックは走り始めた。
サンティアゴに入るとハイウェイは片側四車線になり、交通量も一気に増えた。
ガブリエルさんは郊外にある配送センターのようは場所に、積んでいたトラックを運んだ。彼の仕事のいく末を見届けると、僕もひと段落ついたような気持ちになった。
僕はバックパックを背負って別れを告げようとすると、ガブリエルさんは僕をバスターミナルまで連れて行ってくれると申し出てくれた。やっぱりいい人だったな。最初はただのスケベおやじに思えたけどさ。
僕はサンティアゴには滞在する気はなかった。このままバスターミナルまで行き、夜行バスで”Puertmontt(プエルトモン)”まで行こうと考えていた。
ガブリエルさんは職場の仲間にバスターミナルまでの行き方を尋ねると、僕をそこへは送らずに、行き方だけ教えてくれた。バスに乗れば一本でバスターミナルまで行けると言うのだ。
別れ際にバスに乗るためのカードを渡された。カードの表面を覆っている薄いビニールがいくらか剥がれた年季の入ったカードだった。それを受け取った時、僕は愛情のようなものを感じた。
「あと二回使えるから、これでバスターミナルまで行くといい」ガブリエルはそんなことを言って、ピースサインを作った。
バス停の直前で大型トラックを停めていたため、後ろの車からクラクションを鳴らされた。
僕は急かされるようにしてトラックの助手席をおり、大きく手を振ってガブリエルさんに感謝の気持ちを伝えた。
教えてもらったターミナル行きのローカルバスはしばらくしてやって来た。
僕は先ほどガブリエルさんからもらった磁気カードを機械にかざした。
「ブーーー‼︎」
エラーが表示される。あれ?ちゃんとタップできてなかったかな?もう一度、今度はゆっくりカードを機械にかざす
「ブーーー‼︎」
「あれ?」
「あぁ、これな。もう度数ゼロだよ」
「!!!!!!」
「乗っていいよ♪」
運転手のお兄さんが優しく言った。僕はお礼を行ってバスに乗り込んだ。
バスはどんどんと町の中心へと近づいていった。
まどから学生たちの姿が見える。時刻は16:00過ぎで、ちょうど下校の時刻とかぶっていたのだろう。女子高生の制服は日本のそれと近いものがあった。
バスはだんだんと乗客で埋まり賑やかになっていった。
僕はアルメルダという停留所で降り、バスターミナルへと向かった。
ターミナル内にはいくつもバス会社があった。警備員にプエルトモン行きのブースを教えてもらった。
(地面から2mくらいの高さにコンセントがあるけど、みんなスマホ充電するのに根性出しすぎ…)
先にドルを両替してしまったのがこの時の反省点だろう。僕は同じミスを何回もする。
チリの物価の高さから、てっきり僕はバス代も高いものと決めつけていたのだ。サンティアゴからプエルトモンまでは1000km以上も離れている。
事前にマサトさんからいくらかかるか聞いていたのにもかかわらず、僕はひと桁多く間違えて覚えていた。
そのため、余計にドルを両替してしまったのだ。チケットの値段を訊いた時に驚いた。なんとサンティアゴからプエルトモンまで¥2000程度しかかからなかったのだ。
っていうか、そもそもおれヒッチハイクする必要なかった…⁈
チリのあとはアルゼンチンへと向かう。闇レートでドルが役に立つため、多めにドルを持っていた方がいいだろう。僕はそんなことも忘れていた。
多めに両替したペソを、手数料を払って
再びドルへと変えた。
まぁ、バスキングで稼いでたから、還元ってことで。そう考えることによって無理やりに自分を納得させた。
これからいよいよパタゴニアへ向かう。最初はパタゴニアまでとんでもなく金がかかると思っていたが、チリ側から行く分にはそこまで金がかからなそうだ。バスキングもあれば移動費を賄うこともできなくはないだろう。
というか、自分がパタゴニアに行くだなんて、ちょっと前までは思いもよらなかった。あのパタゴニアへ本当に行くのだ。
移動費を安く抑えられると考えた途端、財布のガードが一気に緩くなった気がした。エンパナーダやお菓子を買って小腹を満たした。
そうして僕は20時発のバスに僕は乗り込んだ。
バスの中で面白い映画を観た。
スペイン語でなんと言っているかわからなかっが、話の大筋は理解することができた。バスの中で上映される映画をあそこまで真面目ちゃん観たのは初めてかもしれない。
ストーリーは兄弟愛をテーマにしたモロッコが舞台の映画だった。
幼い兄弟がアメリカ行きを夢見て、住み慣れた町を離れて旅に出るといった内容だ。
どちらかと言えばコメディに近い話の展開だったが、僕は映像に目を奪われた。
行き交う人々と雑踏。アザーン。乾いたシンプルな建物。サハラ砂漠。ロバ。瓶のコカ・コーラ。差し込む夕陽。フィルムに映り込むフレア。
モロッコに行ったことがあるからこそ、その空気感をまざまざと感じることができた。
できることならまたあの国を訪れてみたいと思う。
(あとで映画を調べたら1990代のイラクを舞台にしたストーリーでした。まぁ、映画観て『モロッコ行きてーー!』ってなったって話)
作中に何度か兄弟がコカコーラで乾杯をするシーンが出てくる。
ちょうどいいタイミングで僕の乗っているバスの中にコカコーラを持った物売りが入ってくる。
「ペルミッソ、クワント・クエスタ?」
言うまでもく、僕はコカコーラを買い求めた。
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