▷12月11日/ニュージーランド、オークランド
外から人の声が聞こえる。
離れていく気配もなければ、近づいてくる様子もない。こんな朝から泳ぐ人間がいるのだろうか?
テントから顔を出すとそこにはスポーツウェアを着た老夫婦がコーチの元、トレーニングに励んでいた。
僕はそんな彼らを横目にテントをたたみ、寝床を片付けた。
こういう時にフレンドリーでいることはとても重要だと思う。じゃなかったら僕はただのホームレスだからね。
僕は愛想良く「グッモーニン!」と声をかけると、向こうはじ「よく眠れたかね?」と声をかてくれた。どうやらここの人たちは野宿者に寛容みたいだ。
「ええ。ここは夜中静かで誰も来やしませんでしたからね。それよりプールでシャーを浴びられるって聞いたんですけど、プールのある場所ってご存知ですか?」
僕はなんとなく尋ねてみた。
「あぁ、それならこの近くにあるよ。そこの公園にプールがあるんだ。この時間でもやってるよ!」
言われた通り寝ていたビーチのすぐ近くにある公園の中に小さな市民プールがあった。8時なのに、もうオープンしている。僕以外には客の姿は見られなかった。
シャワーは4NZドル(¥326)で使うことができた。
昨日稼いだ小銭で支払いを済ませ、男女別になった部屋へと進むと、そこにはだだっ広い脱衣所があり、さらにその奥にシャワーが4つほどあった。
シャワーはボタン式で、絶えずボタンを押していないとすぐにお湯が止まってしまう型だったが、僕は誰の目も気にすることなく体を洗ったり、洗濯を済ませることができた。
こういう施設があるのであれば、ニュージーランドでの野宿は意外に快適に過ごせるかもしれない。
さすがにドライヤーはなかったが、僕はサッパリした気分になることができた。一日のいいスタートを切れそうだ。
受付の女のコにお礼を言うと僕はダダウンタウンへと向かうことにした。
来る時とは別の道を通ってダウンタウンへと向かった。ここへは今夜も戻ってくるつもりだ。
ビーチの近くは閑静な住宅地なので治安も抜群にいい。歩くのもトレーニングの一環だと思えば気にならない。
40分くらいでダウンタウンへ戻ると、僕は電化製品店で15ドルのUSBハブを買った。二箇所USBポートがあるのでiPhoneとポータブルバッテリーを同時に充電できる優れものだ。オーストラリアのコンセントの形状も同じなので、あと二ヶ月は使えるだろう。
そのあと僕は図書館へと向かった。
図書館の脇には併設されるようにしてカフェがあった。各テーブルの下にはコンセントがついている。3.9NZドル(¥318)でたっぷり入ったアメリカーノを注文し席に着いた。
ニュージーランドで厄介なのはWi-Fiの遅さだった。これならアルゼンチンの方が早かったように僕には思えた。それに輪をかけてなかなかWi-Fiに繋がらないのも悩みの種だった。
写真のアップにかなり時間がかかる。これは僕のiPhoneの使えなさも原因があると思う。
日記や漫画を描いて時間を過ごすと、今日も早めに路上パフォーマンスへと向かった。
クイーン・ストリートはバスキングをする場所が豊富にあり、パーミッションも巡回をしている黄色いビブスを着た”CITY WATCH”の人にもらうことができた。
一応夜9時までというルールはあるみたいだけど、それ以外は特にない。オークランドはかなりバスキングにゆるい。今の僕にはかなり有難かった。
今日は音の響く場所をチョイスしてギターを構えた。
音も喉も調子がよかった。だが、レスポンスは相変わらず薄い。
というか、この街の人たちは路上で音楽をやるバスカーたちに慣れきってしまっているのがわかった。
ほんとうにスキルがあって、かつ行き交う人たちをピンポイントで楽しませることができなければコインなんて到底もらえないのだ。
昨日歌っていて気がついたことがある。
この街のアジア人の多さだ。街には10軒くらいジャパニーズ・レストランがある。僕の見た感じでは韓国人、中国人、日本人の順番で多い。そして彼らは一環してレスポンスが薄い。
そんな中でもごく少数だが声をかけてきてくれる人がいる。
僕が奥田民生の「イージュー★ライダー」を歌っていると「民生さんだ!」と声がした。
まるで人間の手から餌を貰うのを躊躇する小動物のように彼女たちは僕に近づいてきた。
昨日も留学をしていた女子高生四人組と話したが、今日も別の四人組の女子高生(それも留学中)に出くわした。
彼女たちもまた、今日で留学が終わるとのことだった。関西に住んでいるらしい。
レスポンスが薄くて萎縮してしまいそうな時に声をかけてもらえるのはかなり有り難い!
半ば強引に即興で描いたイラストを一枚5NZドル(¥408)で買ってもらった。お買い上げありゃりゃ〜〜〜〜ッス‼︎
彼女たちが去っていくと僕はバスキングのスタイルを切り替えることにした。歌なんてありきたり過ぎてなんの新鮮味もない。
どこでだったか、ジャンプに連載中(今もしてるのか?)の漫画家がオーストラリアで路上で漫画を描くパフォーマンスをしていた、という話を誰かかから聞いたことがあった。
サッカー漫画を描いていたらしいその漫画家は、暇になるとリフティングをしてパフォーマンスを続けていたそうだ。
最初は路上で漫画なんて描いて売れるのか?と思っていたが、僕には新しいスアイルが必要だった。
長い話は描けないので1ページで完結する、誰が見ても分かる漫画。そう4コマ漫画みたいなヤツだ。売れるかどうかは分からない。ただ、自分が何をしてるヤツかは伝わるだろう。
僕はベンチに腰掛けると、バックパックから大判のボードとB4サイズの紙を取り出した。どちらもメキシコシティで手に入れたヤツだ。
紙に向かうと気分は一気に軽くなった。レスポンスはあるのかないのか分からないけど、絵を描いてるだけで僕は楽しかった。
夢中になり過ぎると顔が下がるので、口角を上げることに意識し、気軽に話しかけられる雰囲気作りに努める。
マジックなんかチープな画材で完成させた即興漫画は洗濯バサミでギターケースに留めておいた。
受けた似顔絵のオーダーは2組だけだったが、それでもなかなかの収入になった。
例のごとく価格はお客さんに決めてもらうスタイルだ。50セントでも20ドルでもその人次第。
だが大体の人が5NZドルを渡してくれる。それくらいのクオリティに仕上がってきたということだろうか?
唄いたい気分になってくると気ままにギターを鳴らした。オークランドでは19時を過ぎた夕方ごろからレスポンスがちょこっと上がることが分かった。きっと僕の曲調と時刻が合っているのだと思う。
今日のアガリは68NZドル(¥5,550)。平日だもんね。
野宿場所に向かおうとすると、ビラを持った人に呼びとめられた。僕は笑顔でそれを断ろうとしたけど、どうやらフリー・フードが配られているみたいだった。
ボランティアの人たちがホームレスたちにパンやコーヒーをふるまっていた。別に欲しい人なら誰でももらっていいみたいだ。スケートボードを持ったお兄ちゃんが靴下をもらっていったからだ。
フレンドリーなスタッフのお兄さんはしこたま僕にはパンをくれた。いやはや。マジでありがてぇっす。
ティオという名前のスタッフはクリスチャンだった。
「君が受け取る全てのものはイエスが与えてくれたものなんだ」
彼は一環してそのような内容のことを喋った。
僕は仏教徒でもなければ、キリスト教徒でもない無神論者だ。
だが、この世の愛や幸運や幸せといったものの起源を辿った時に、それがどこからやって来るのか、キリスト教徒はそれをイエスだと考えたんだろう。
ニュージーランド入国と共に大金を失った僕だが、不思議と色々な人の助けやサポートを受けている。
この縁だかカルマだかツキの流れだかは分からないが、そういうものの存在を僕は信じずにはいられない。
きっとこれは僕に託されたバトンなんだろう。
僕もまた、次の誰かにこの愛を受け渡さなければならないのだ。それを忘れずにいよう。
今日もありがとう。
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