2月17日/オーストラリア、パース
いつもの場所でバスキングをしていたらインド人顔のセキュリティに怒られてしまった。
僕に漫画のオーダーをくれたアダムとルークは今日は出勤していないようだ。
「ここ数日何も言われませんでしたよ?」と言ってもその別のセキュリティは聞く耳を持たなかった。「ダメなものはダメだ」といった感じ。
まぁ、ならしょうがないか。僕はバスキングをやるパーミッションも持っているし、場所さえオッケーならばどこでも漫画を描くことができる。さすがに直射日光の下というわけにはいかないけどさ。
ただ心残りは昨日漫画のオーダーをくれた女のコが、完成した漫画を取りに来るということだった。
マレーストリートでは幸い他の似顔絵バスカーはいなかった。
このストリートには僕以外に似顔絵を描くバスカーがいる。
一人は台湾人の女のコでかなりフレンドリー。お互い似顔絵のかきっこをしたくらいだ。彼女は路上でよくみかける特徴を活かした「濃ゆい」絵を描く。出来上がった絵をラミネートしてくれるのが嬉しい。いいサービスだと思う。
もう一人は無愛想なヤツで客を待っている時はイヤホンを耳につっこんで黙々と絵を描いている。彼は写実的な似顔絵を描いているようだけれど、レベルは下手ではないがまだまだ。
ちなみに二人の似顔絵の料金は平均で20ドルくらい。対する僕はお客さんに値段を決めてもらっているので、5ドルの時もあれば、気に入ってもらって20ドルもらえる時もある。そう考えると平均10ドルといったところ。それに加えて漫画も売っているから収入にプラスされる。あれ、以外と売れてるんだよ?A4サイズで10ドル。
今日はそのどちらの似顔絵バスカーもいなかったので、僕は彼らがいつもスタンバっている一番目立つ場所で漫画を描き始めた。
時々吹いてくる風に紙を飛ばされたりして、14時から18時までバスキングして二組の似顔絵を描いた。
ルークが依頼した漫画を取りに来たりもした。
ただ、残念だったのは約束をした女のコと会えなかったことだ。
ルークは事情をインド人の同僚に説明して僕をまたいつもの場所でバスキングできるようにしてくれたので、あそこの通路で描いていれば会えるだろうと、僕は楽観的に構えていた。
今日初めてユンのライブを見た。
ユンというのはマレーストリートでディジュリドゥを吹いている韓国人のバスカーだ。何やら4年もバスキングで旅をしているらしい。
後で知ることになるのだがWHALES AVEの二人とはルームシェアをしているので仲良しなのだ。時々彼が荷物番をしている時がある。ミュージシャンは一箇所につき30分のルールなので、WHALES AVEが演奏を終えたあとは同じ場所でやることも多い。
彼は一人でディジュリドゥ吹いているのだが、彼のディジュもまたアグレッシブで骨太なサウンドだった。映画のバトルシーンに入る直前に流れるような音楽。もしくはサバンナに合いそうなサウンドだなぁと僕は感じた。
ユンも自作のCDを15ドルで売っていたので、僕はそれを買った。
バスカーが売るCDというのはその場でしか買えないのだ。『良いな』と思ったのであれば買った方が良い。そこに住む人間以外、というか旅人にとっては彼らとの出会いは瞬間的なものでしかない。ブリュッセルで会ったバスカーのケヤキさんのCDも買っておけばよかったなぁ。なんせケヤキさんとは一日しか会わなかったから。
ユンは演奏中にはかなり渋い顔をしているのだが、バスキングが終えるとフレンドリーなヤツだった。僕の質問に答えてくれたばかりか、自分の持つディジュリドゥまで吹かせてくれた。
彼の使っているディジュリドゥはオーストラリア産ではない。イタリアで買ったものらしく、音の調整ができるだけでなく、分解してコンパクトにすることができるディジュリドゥなのだ。
また、スピーカーはBluetoothで動く最新のものだった。
ユンと話していて思ったのは、
彼らが「プロ」としての自覚を持って音楽に臨んでいるということだった。
ディジュリドゥ演奏者は意外とハンドパン(ハングドラム)と呼ばれる楽器を合わせて持っているしことが多い。熟練者だとディジュリドゥを拭きながらハンドパン叩くことができるのだ。
ハンドパンという楽器はバスカーの間では割とポピュラーなものだが、希少性が高く、おまけに高額で、すぐに手に入るわけではない。
ユンはあと二週間後にそのハンドパンが手に入るのだと嬉しそうに語った。なんとオーダーしてから1年半も待ったそうだ。楽器の価格は2,000ドルで送料に10,000かかるらしい。ふあぁーーー…。
スーパーでフルーツやスナック菓子を買って外のベンチに座って食べていると、近くにいたおばちゃんが「あんた!さっきよかったわよ!」と言ってなぜだか僕にミートパイをくれた。
最初僕は意味が分からなかったが、ミートパイを食べている時に思ったのは、このおばちゃんがユンと僕を間違えているんじゃないかということだった。
まぁ、でも、さっきユンにはインタビュー代という意味も込めて5ドル余分に渡しておいたし。お金が巡り巡って戻ってきたってこと、かな?サンキュー♪ユン。
夜のバスキングを終えたあと、今日は台湾人でバルーンアートのバスキングをするニモが「シミのキャンプしている場所を見たい」と言って寝床まで一緒に帰った。
僕は彼の方が若いものとばかり思っていたので、ニモが31歳だと聞いた時には驚きだった。
ニモは面白いヤツで、ワーホリのビザを持っているくせに働いていないのだ。主な収入源はバスキング。それも毎日やっているわけじゃない。家はシェアルームで6人のルームメイトがいるらしい。週に120ドルの家賃がかかるのだとか。それでニモは日曜日に500ドルを稼いでいたので、働かなくても大丈夫みたいだった。なんだか呑気な感じなんだよ。
ニモを海外に行かせたのは、台湾で出会ったマジックのバスキングをする日本人「モンク(たぶんあだ名だろう)」がきっかけだったらしい。その人は8年以上もバスキングで旅を続けている日本人で彼の話がニモの気持ちを外に向けさせた。
「彼を見ているとさ、おれも外に出なくちゃだめだなって思ったんだ」そうニモは言った。
「シミみたいに若いうちに世界を旅しているやつを見るとちょっと焦るよ」
たかだか3つか4つしか年齢が僕と違わないのに、ニモは自分の年齢を少しだけ気にしているようだった。
確かに年齢的なリミットはあるかもしれない。
だけど年齢を言い訳にしていたら何もできないよ。世界には年齢なんて関係なしに自分の道を切り開いていくヤツらがたくさんいるよ?
僕も漫画家としては若いわけじゃない。
だが、旅する漫画家、それもこんなアホな旅をしているヤツは他にいない。商業漫画家が己の技術を上げている時間を僕は旅に当てたのだ。
あとはやるしかないのはニモも僕もお互い様さ。
今日は夜の方が暖かかったのでテントを立てると、夜のうちにシャワーを浴びた。
バスキングは稼げたわけじゃない。特に大きなイベントがあったわけじゃない。
それでもここで出会い、話す人たちは僕の旅においてかけがえのないものなのだ。
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