「Banksy、イブラハムじいちゃん」

世界一周525日目(12/5)

 

 

眠れない

のは毎度のこと。

 

 

テントをたたんでスマートに撤収する。

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えっ?なんで僕が公園に寝ているかって?

僕がホームレスだからって?

それは違うな。

 

 

 

宿代が高いからだようぅ!!!

 

 

 

ここで泊まろうと思えば
15ドルくらいで宿を取ることができる。

(今は1ドル=120円くらいになっちゃったけど、
頭の中では100円換算で考えてます。
ほら、円高の時に旅に出たからさ、その名残っていうのかな?
計算が楽だからってのもあります)

 

 

だけど、10ドル以下が望ましい。

っていうか、食費も地味に高い。

もうなんなのイスラエルって感じ。

 

 

ここはエルサレム
僕は今日も世界のどこかでアホをやっている。

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昨日オールド・シティーを見たので、
今日はベツレヘムに行くことにした。

バンクシーの作品がここにあるのだ。

 

 

 

イギリス出身の覆面アーティスト”Banksy”

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バンクシーの作品は世界中の路上の壁の上にある。

中には(っていうかほとんどそうだろう)無許可で
描いている作品もあるため、
初期の作品は消されてしまったものもあるくらいだ。
ロンドンの作品の大半は消されてしまった。

ちょっとブラックユーモアの効いている作品が多く、
中には風刺画のような作品もある。

そして彼の有名な作品は
ここからバスで行ったベツレヘムという街にあるのだ。

 

 

ベツレヘムはパレスチナの街。イスラエルではない。

僕はダマスカス・ゲートの近くにあるバスターミナルから
チェックポイント行きのバスに乗り込んだ。
8シュケル(241yen)だった。

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「チェックポイント」と呼ばれる国境は
何も問題なく抜けることができた。

パスポートのチェックすらない。
まるでイスラエルの一部のような扱いだった。

バスを降りるとタクシーの運転手たちが
「バンクシー?
だったら10シュケルで連れてってやるよ」
と僕に声をかけてくる。
明らかにボる気がまんまんのヤツもいる。

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まず見たいのは
パレスチナとイスラエルの分離壁だった。

タクシーの運転手たちを振り払うように
スタスタと歩いて行った方向はまさかの逆方向。

方向音痴の僕マップアプリがなかったら
僕は永遠に目的地に辿り着かないだろう。

そのくらいGPSには骨抜きにされている。

 

 

 

 

途中に細長いパンを売っているおっちゃんに出会った。

ひとつのパンを5シュケル(151yen)で売っている。

パンのひとつがこんな高いわけなかった。

さっき僕は別の売店で袋に入ったチョコクロワッサンが
3シュケルで売られているのを見た。

おっちゃんと話していいると、
6歳くらいの男の子がパンを買いにやってきた。

おっちゃんとのやり取りを見ていると、
男の子は2シュケルでパンを買っていた。

「はいはいおっちゃん。
2シュケルでいいんだよね?」
と僕が2シュケルを渡そうとすると、

「コイツは知能に障害があるんだよ。
だから安く売ってやるのさ」みたいなことを言ってきた。

そういえば男の子はどこかそのような気がある。
話し方もおぼつかず、ジェスチャーを交えて
パンを買っていたからだ。

まぁ、そういうことならと
5シュケルで細長いパンを買ったがー…、

うん。やっぱりボられてたんだな。

 

 

 

 

パンをかじりながら分離壁へと向かった。

歩いて目的地に向かうのもメリットがある。

ひとつめのバンクシーの建物の
駐車場の小さなスペースに描かれていた。

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兵士が女のコにボディーチェックをされている絵だ。

どこかブラックユーモアが効いている。

日本にいたころから本やネットで見てきた絵が
今こうして目の前にあることがどこか夢のようだ。

 

 

 

 

分離壁は地図で確認した通り
歩いて行ける距離にあった。

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壁の向こう側には行けないようになっている。

今僕はパレスチナ側にいるから、
向こうがイスラエルということになる。

壁には落書きに近いようなものから、
大きく、見応えのある作品まで様々だ。

ここを訪れた旅人たちのブログで
写真を見てきたが、生で見るのはやっぱり違う。

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歩いて行ける範囲にある
ウォールペイントを見てまわった。

引き返す途中、分離壁のすぐ近くに
バンクシーのお土産屋さんを見つけた。

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中から男の子が出て来て
コーヒーを一杯ごちそうしてくれた。

ここやヨルダンで飲まれる
全然コーヒーっぽくない薬草みたいなコーヒーだ。

お店の男の子はかなり流暢に英語を話した。

というのもカナダ出身の男の子だったからだ。
彼はここに7年住んでいると言った。

僕が簡単に自己紹介をすると、
「XBOXは知ってる?
よかったらFacebookページにいいねしてよ」
と言ってきた。

 

 

男のはここの店番なのだろうか?
男の子以外にお店の人間はいない。

どうしてカナダ人の男の子が
ここに暮らすことになったのだろう?

僕はここでお土産を買う代わりに、ギターを弾いた。

近くに住む小さな女のコたちが
ギターの音につられて家から出てきた。

 

 

やっぱり音楽の力ってすごい。

日本とパレスチナの心の壁は一瞬で消える。

もし僕がギターを持っていなかったら、
子供たちの目には僕が単なる観光客にしか
映らないだろう。

音楽はシンプルでダイレクトで
最強のコミュニケーション・ツールだ。

いつも思う。

 

 

 

 

 

分離壁を見終わると、
そのまま歩いてバンクシーの絵がある
隣町まで行こうとした。

 

 

 

あっ、バンクシー見っけ!

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いま、僕はこうして文章として
日記を書いているけど、

本当だったらバンクシーの作品を見るためには
タクシーを使わないと行けない。

時間もあったし、一時間も歩けば
着くかなって思っていた僕が甘かった。

 

 

12月だっていうのに、パレスチナはけっこう暑い。

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何度か木陰で休憩を挟んだ。

バンクシーの作品を見終わったあとに、
またこの距離を引き返すとなるとうんざりした。

きっと疲れて何もする気がなくなってしまうだろう。

タクシーを呼び止めて、
運転手のおっちゃんにiPhoneにある
バンクシーの画像を見せた。

 

 

「この絵がどこにあるか知ってる?」

タクシーの運転手のおっちゃんは、
さっきバスを降りた時に声をかけてきた運転手ほど
ガツガツしていなかった。むしろ、おとなしかった。

「あぁ、これね」という感じで
20シュケル(603yen)で交渉が決まった。

 

 

少し高いけど、帰りは
根性で歩いて帰って来れる…だろう。

とりあえず、体力温存してバンクシーが見たい。

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目当てのバンクシーの作品は
隣町の大きなガソリンスタンドの裏にあった。

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作品は想像していたよりも
デカいスケールの絵だった。

火炎瓶の代わりに手には花束を持っている。
それを今にも投げそうなモーションの絵だ。

花束の下の部分は製作が
途中終ってしまったかの様な線が引かれていた。

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バンクシーの作品はいくつか
商品化されているものがある。

今目の前にある花束の男の足は
壁からはみ出るように途切れていたが、
商品化されているものは足の続きが描かれている。

これが本物なのかイマイチ実感がもてなかった。

だが、この作風をこのスケールで
真似するヤツなんていないだろう。

僕が今目の前に見ているものが本物なのだ。

 

 

まさか日本からパレスチナまで
これを見に来る日が来るなんて思わなかったな。

旅をしているとそんなんばっかだ。

知っているのと、実物と対峙するとではまったく違う。

時には実物を見て感動することもあれば、
『あれ?こんなんだったかな?』と
イメージが美化されてしまっている時もある。

今回はその中間くらいだった。

 

 

 

 

 

 

「これからどうするんだ?」

運転手のおっちゃんが訊いてきた。

 

 

「エルサレム行きのバスが
出る場所まで戻るよ。歩いてね」

 

 

「金はいいから送ってってやるよ」
と言うおっちゃん。

作品の前では5分もいなかったから
サービスということなのだろうか?

おっちゃんのタクシーを呼び止めた時、
こことは別方面に行くはずだったのに、
わざわざUターンして僕を連れてきてくれた。

元々おっちゃんの向かう場所は
バス乗り場の近くだったのだろう。

 

 

おっちゃんにお礼を言って
再びタクシーに乗せてもらった。

タクシーのおっちゃんは、
バス乗り場までの最中にタバコをくれたり、
コーヒーをおごってくれたりした。

 

 

 

 

「パレスチナはどうだ?」

とおっちゃんが僕に尋ねてくる。

「あぁ、なかなか興味深いところだよ」

としか僕は言えなかった。

 

 

 

他にどういえばいいのだろう?

現在、パレスチナが置かれている状況は
なかなか苦しいと思う。

ほんの数年前までは平和だったのが、
イザコザからすぐに銃撃戦に発展してしまう。

この街は観光で成り立っているらしい。
イスラエル側との衝突は街の活気の喪失に繋がるだろう。

あーーー、なんだかなぁ。

 

 

 

おっちゃんがいいヤツだけあって、
僕はどこか悲しい気持ちになった。

何かレスポンスができないかと
僕は名刺を描こうとしたのだが、

「早くしろ!バスが出るぞ!」
と運転手たちに急かされてしまったため、
僕はおっちゃんに
お礼を言うことしかできなかった。

 

 

 

 

再び8シュケル払い、
バスでイスラエル、エルサレムへと引き返した。

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チェックポイントで兵士たちに
日本のパスポートを見せただけで、
僕にはほとんど注意を向けなかった。

帰りのチェックポイントは行きよりも厳重だった。

僕を除いて乗客は全員バスでIDのチェックを受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は迷っていた。

今日はこのあと
イブラヒムじいさんの家
に行こうと思ったいた。

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時間は16時。

現在は一週間に一度ある
シャバットというユダヤ教の休息日で、
マクドナルドで時間をつぶすこともできない。

平和活動をするイブラヒムじいさんの
ピースハウスは旅人の間では有名だった。

エルサレムからバスで行ったところにあるため、
若干アクセスは不便なのだが、
ご飯が三食出るだけでなく、
宿泊代は寄付制らしい。

 

 

僕も日本にいたころ、
ここを訪れている人のブログを読んだ。

寄付する代わりに部屋の掃除や
料理を手伝ったりする貧乏なバックパッカーもいれば、
目安よりも少し少なめに寄付する旅人もいた。

そして

今現在、イブライヒムじいさんと
ピースハウスは困った状況に置かれている

のも知っている。

そのため、寄付と言っても
払うことが前提とされていた最低金額が
値上がりしたと言うのだ。

 

 

ブログや人づてに、
イブラヒムじいさんがお金に困っている
という話を聞くようになった。

ピースハウスを寄付制にしたばかりに、
お金をはらわずに宿泊する人間が
増えたことがその理由のひとつ。

もうひとつは、
イブラヒムじいさんはパレスチナ寄りの
思想の持ち主で、イスラエル政府から
目をつけられているということだった。

話によると、近々出頭しなくてはいけないというのだ。

おじいさんも高齢で体の調子も思わしくないらしい。

 

 

 

 

どうしようか?

イブラヒムじいさんには会ってみたい。

ピースハウスには、
僕がモロッコを旅した時にフェズで出会った
「旅する水墨画家」のシンペイ兄さんの作品があるのだ。

それも生で見てみたかった。

 

 

 

 

「あ!シミくん!」

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バスターミナルでヨルダンの
マンスールホテルでお会いした、
松村夫妻にばったり再開した。

僕よりも一日遅れてイスラエルに来たらしい。

今はオールド・シティーにある
ペトラホテルという宿に泊まっているそうだ。

 

 

「今からイブラヒムおじいさんの
家に行こうと思っているんですけど、
宿代値上りしちゃいましたよね。
どうしようか迷っているんですよ。
会ってそのまま帰ってこようかな?」

「まぁ、それでもいいと思うよ?
でも今日は19時でバスが終っちゃうから、
今から行って帰って来るのは
ちょっと厳しいんじゃない?」

 

 

この瞬間に僕はスパっと意思決定をくだした。

これは僕がピースハウスに
泊まれって何かがお告げのようなものを
送っているに違いない!

 

 

「分かりました!
イブライムおじいさんに会いに行ってきます!」

 

 

 

 

 

 

 

人に会いに行く。

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そのためのお金だ。

世界の平和のために世界中を
飛び回って来たイブラヒムじいさん。

彼に会いに行くのだ。

 

 

 

 

75番バスに乗ってオリーブ山で降りた。

エルサレムからほんの10分くらいの距離なのに、
年期の入った家々が目立つようになった。

人に道を訊き、ピースハウスまで行くと、

 

 

 

 

あ、おじいさん!!!

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まさかこんなにも早くイブラヒムじいさんに
会えるとは思わなかった。

思っていたより体調も良さそうだ。

「ウェルカム!」とピースハウスに招かれ、
子供たちが僕にご飯を用意してくれた。

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想像していたよりもピースハウスは
こじんまりとしている。

宿泊客もそこまで多くなかった。

壁には何枚も写真が貼られ、
その多くはイブラヒムじいさんが
世界中を飛び回っていたころの写真だった。

この家に三年住んでいるという
イブラヒムじいさんのサポート役的な
アメリカ人のアーネストが
ピースハウスの説明をしてくれた。

 

 

ドミトリーに案内されると
ベッドは自分の分も含めて
ふたつしか使われていなかった。

もう一人の宿泊客は
どこかへでかけているとのことだった。

 

 

がらんとしたピースハウスの中で
僕は情報ノートに書かれた
日本人のメッセージを読んだ。

そのほとんどがここで
イブラヒムじいさんい会えたことを喜んでいたが、
中にはピースハウスの値上げのことを
書いたものもあった。

イブラヒムじいさんの苦悩が
そこから少し感じ取れた。

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気分転換に外を少し歩いた。

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すぐ近くからクラブ音楽が
ドコスカとかかっている。

足を止めると、小石が飛んで来た。

もののけ姫にに出てくるショウジョウが
石や枝を投げてくるあの感じに近かった。

地元の若者が「セルフィー!」と
自分たちと一緒に写真を撮るように言ってきたが、

意味がわからないので、軽く流していると
「ファッキュー!」と言われた。

 

 

どうやらここは
治安があまりよくないらしい。

外の公園でタバコを一本ふかして
イブラヒムじいさんの家に戻った。

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シャワーを浴びて、
おじいさんと少し話して、
またここに泊まった日本人のメッセージに目を通す。

 

 

 

 

「まるで

“幸福な王子”

みたいじゃないか…」

 

 

 

 

僕が思ったのはそういうことだった。

今まで旅人を温かく迎えてくれた
イブラヒムじいちゃん。

どれくらい多くの旅人が
ここを訪れたかは分からないが、
少なくとも僕が読んで来た
世界一周のブロガーさんたちはここを訪れていた。

ブログを書いていない日本人も沢山訪れたと思う。

誰がお金を払ってないとか、
日本人がどうこう言う話じゃないんだよこれは。

 

 

そういう風に優しさを分け与えてくれた
イブラヒムじいちゃんが、
今こうしてお金がなくて困っている状況に
僕は悲しい気持になった。

そして政府からも目をつけられていて、
誰も助けてくれないだなんて…。

じいちゃんはパスポートも市民権も持っていない。

頼りなのは彼を応援してくれる人だけだ。

 

 

ここを訪れた人間はじいちゃんの善意を
利用しただけに過ぎないんだろうか?

綺麗ごとかもしれないけど、
「正直者は最後にはハッピー」
になって欲しい。

 

 

僕はテーブルで旅ノートに
自分の考えを書き留めていった。

一体どうすればじいちゃんと
ここに泊まりにくる人たちがハッピーになれるだろうか?

中にはじいちゃんの活動に
感銘を受けてじいちゃんに会いにくる人間もいる。

ドミトリーに泊まっているベルギー人は
じいちゃんのことを尊敬していて
「24日のイブラヒムおじいさんの誕生日を祝いたい」
と言っていた。

 

 

ここを訪れる人の多くはバックパッカーだと思う。

バックパッカーはやはり安い宿に泊まることを好む。

ピースハウスがバックパッカーの間で有名になったのは、

「宿泊費(寄付制)」「食事」「Wi-Fi」

がそろっていたからだ。

安くてタダメシにありつけるだなんて、
そりゃ多くのバックパッカーたちがここを訪れる。

 

 

この家が抱える問題は宿泊料金が
「寄付制」に頼っているところだと思う。

しかも、
その寄付というお金はじいちゃんの暮らしに
直結しているところが
さらに金銭問題をややっこしくしている。

 

 

僕はお金を徴収してもいいんじゃないかと思う。

イブラヒムじいちゃんはそれをいやがるだろう。

今までそうやって来たのだから。
自分のスタンスを曲げるのはかなり心苦しいだろう。

だけど、僕たちが行きて行くのにはお金が必要だ。
きれいごとだけじゃ行きていけないのはみんな一緒だ。

 

 

せいぜい旧市街の安宿と一緒の
70シュケル(2,109yen)が限界じゃないだろうか?

そしてご飯も事前申請にして希望者だけが
食べられるとかそういう風に、
ビジネスライクにすれば確実にお金は手元に来る。

ちょっとドライなことを言うけど、
寄付と生活を直結させていることが一番の問題なのだ。

収入が不確定の寄付。

中には金を払わないヤツもいる。
それも「任意の寄付」だからだ。

言ってしまえば1シュケルでも「寄付」になってしまう。

数学の記号で言うと「0≦(ゼロ以上)」だ。

そこに寄付に対する国ごとの考え方の差は
あるのかもしれないけどね。

 

 

値段が上がったうえでの、
ここに泊まるメリットを考えてしまう。

好き好んで高いお金を払って
ここに泊まるバックパッカーがいるだろうか?

じいちゃんに特別な思い入れがあるヤツ以外
泊まらないんじゃないだろうか?

もう宿のほとんどWi-Fiが使えるだろうし、
なければマクドナルドに行って
4.9シュケル(148yen)で一番安いコーヒーを注文すれば
Wi-Fiにありつくことができる。

旧市街で安宿を撮った場合、
一日の食費がどれくらいかかるのかは人それぞれだ。
中には自炊する人もいるから、
安くあげようと済ますことも可能だ。

 

 

 

じいちゃんの気持も分かるよ?

良心を信じたいってのは僕だって一緒さ。

 

 

 

ただ、
一日25ドルは
正直払えないよ。僕は。

 

 

 

だから僕は今日一泊だけしか
ここに泊まらない(れない)。

じいちゃんがお金に困っていることは分かるけど、
じいちゃんのために一泊25ドルから
30ドルを払うことはできない。

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これは「旅する水墨画家」のシンペイ兄さんの絵だ。

 

 

 

 

 

みんな

が寝静まったあと、
僕が旅ノートに書いていたのはこういうことだった。

ベルギー人からもらったタバコを屋上に出て吹かした。

Tシャツの上からフリースを羽織っていたが、
冷たい風はそれを突き破って僕を凍えさせた。

ピースハウスの屋上からは街の灯りが揺らめいていた。

その灯りがエルサレムやパレスチナを
ぼんやりと分断し、さらにその遠くでは
死海がどこあるのかかを示していた。

 

 

なんとも言えない気持になる。

俺たちは何でこんなにも
いがみあっているのだろう?

 

 

 

正直者が馬鹿を見るなんて、

なんか切ねぇな。

ハッピーエンドは
どこにもないのだろうか?

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ドライなことを書きました。
今こうして日記を書いていても、
何が解決策なのか考えます。

行きていくためにはお金が必要。

だけど、寄付というかたちで
人の心を信じたいイブラハムじいちゃん。

救いはあるのか?

 
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「Banksy、イブラハムじいちゃん」” への2件のコメント

  1. エルサレムの宿は懐かしいものです。

    私が宿泊させていただいた頃から金が無いとグチっていましたが、今ではそんなことになっていたのですね。国際ニュースでイスラエルの話が出るたびに思い出していたりしていましたが、現況を知ることができましたのでサンキューです。イスラエルは物価が高いので、旅行するには工夫が必要ですよね。私は乗り捨て料金が無料のレンタカーを借り、車中泊しながらエジプト国境へ向かいましたがイスラエルの田舎はスカスカで楽しかったですよ。

    • >citydeさん

      お久しぶりです。
      今現在は日本でお過ごしでしょうか?

      ピースハウスも以前からお金のことが
      問題になっていたようですね。
      やはり寄付性、それも日本人が多く泊まる宿では
      馴染みが薄いのかもしれません。
      我々バックパッカーは(僕も含めて)極端に貧乏性な
      ヤツが多いですからね。

      それにイスラエルで乗り捨て無料のレンタカーが
      あるなんて初めて知りました。
      (国際免許は持っていないので運転はしませんが)

      イスラエルも物価が低ければもう少しいたかったです。
      ナザレとかにも行ってみたかったな。

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