世界一周699日目(5/29)
「ヘイ!
とっととテントを片付けるんだ!」
おふぅっっ…!!!
ちくしょー!全然眠れなかったじゃねえか!!!
姿形の見えない清掃員のおじさんは
そう言い残してどこかへ去って行った。
言われた通りにすぐにテントを片付ける。
一時間くらいしか寝られなかったが不思議と頭は冴えている。
フレッドマイヤーで身支度を済ませ、
ポートランド州立大学に忘れた漫画を描いた
コピー用紙を取りに行った。

南アフリカで泊めていただいたエリオットとマユさんご夫婦は
現在アフリカを自転車で旅しています。元気にしてっかな?
フレンドリーなインド人顔のお兄さんが
忘れ物をチェックしてくれたが、そこには漫画の原稿用紙はなかった。
「残念だけど…」
とお兄さんは申し訳なさそうに言う。
すこし落ち込んで、すぐに
「ポートランドにくれてやるさ」と開き直った。
スキャンしたデータは残っているのだ。それでいいじゃないか。
定規とケースは失ってしまったが、
それはまたどこかで買えばいいさ。
コピー用紙十数枚とそれを入れる
ペラペラのクリアファイルを仕入れて僕は大学を後にした。
近くにあったスターバックスでWi-Fiに繋ぎ、ルートを検索した。
ここはアメリカ。
14日間お世話になったポートランドともお別れだ。
住み慣れた
場所を後にするには少し勇気が要る。
やはり人間は新しい環境に飛び込むのよりかは
ぬるま湯に使っている方を選んでしまうのだろう。
これからまたいつもの旅が始まると想像すると
少しだけ不安な気持ちになったが、
ポートランドから出て行くのは難しいことなど何一つなかった。
最安値で行ける最大距離を導きだし、
僕はウップタウンからストリート・カーのブルーラインに乗る。
ただそれだけ。
わずか2ドルちょっとで街から出ていくことができる。
自分でも驚くほど簡単だった。

町外れで路面電車からバスに乗り換えた。
ワゴン車のような小さなバスに乗って、
Macminville(マクミンビレ)という町まで向かった。
アメリカでのヒッチハイクは
そこまで明確はポイントというのが存在しないような気がする。
目的地まで一気に行けることは少なく、
どこか分からないような場所で降ろされることもしばしば。
ヒッチハイカーはまたハイウェイの入り口で
親指を立続けるしかないのだ。
ウエスト・コーストまで向かう道を僕は選んで
そこまで行ける最安値のルートを調べただけだ。
10ドル以下なら交通機関を使おうと自分の中でルールを設定している。
ちなみにマクミンビレまでのミニバスの値段は
わずか1.25ドルだった。
バスの運転手は地元の顔なじみと
楽しそうにお喋りしながら車を運転した。

西海岸の英語は聞き取りやすい。
彼の知り合いのバス運転手の女性は
60を過ぎても未だに現役で車を運転しているらしい。
退職の年齢が年々引き上げられていることに不平をもらしていた。
それは日本も同じだなぁと思う。
顔なじみがバスを降りて行くと、
「よい週末を!」と運転手は言った。
なんだかこういうのっていいな♪
マクミンビレはほんとうに小っぽけな町だった。
トランジットセンターと呼ばれるバス停で下車し、
ハイウェイの入り口らしき場所に向かって僕は歩き出した。
その場所が果たしてヒッチハイクに向いた場所かは分からない。
僕が向かっているのはフリーウェイより狭い
Salmon river highwayというハイウェイだった。

最も大きなハイウェイを除いて、
あとのものは意外に車が止まれるスペースがある。
時にはサイクリストもハイウェイを走っているのだ。
だからヒッチハイカーがここにいても特に文句は言われないだろう。
僕が検討をつけていた通り、
ハイウェイの始まるポイントは車の止まるスペースが十分にあった。
そのすぐ手前に別方向へ行くハイウェイの分かれ道があったため
僕はさらに先に進んでみることにした。
だが、10分ほど歩いて分かったのは、
進めば進むほど車の速度が速くなり、
そして駐車スペースも狭まっていくということだった。
僕は後に引き返そうか迷っていると50m先に車が停車した。
きっと通話かなんかしているんだろう。
ハイウェイで車が止まったということは
そのポジションに他の車も止まれるということだ。
僕はその車に向かってのろのろと歩いて行った。
前方の路肩に止まった車はなかなか出発しようとしない。
それどころか、運転席からドライバーが出てきた。
あれ…???もしかして??
「あ、どーもっす」
「どこまで行くんだい?」
「ウエストコートまで。リンカーンシティまで行きます?」
「ああ。乗せていってあげるよ?」
マジか。
親指を立てずに車を止めるヒッチハイカーの奥義があると聞く。
いや、そんなもんじゃないな。単なるラッキーだ♪
お礼を言って車に乗り込んだ。
ジョナサンは初老の男性だったが、
若い頃にバックパッカーの経験があり
旅人に対して理解を持っていた。
若い頃は自転車に乗ってアメリカ国内を旅をしたことがそうだ。
僕が漫画家であることを知ると
オススメの小説家を何人か教えてくれた。
カーステレオからはクラシックギターの音が聞こえた。
外の風景はオレゴン州の自然が広がっている。
僕はアメリカの州の中で一番オレゴン州が好きかもしれない。
「いつもキャンプだなんてシャワー浴びてないんだろう?
よかったらシャワーが浴びられるところに連れて行って上げるよ?」
「ほ、ほんとうですか!!??それは助かります!
ようやくフレッド・マイヤーの個室トイレから解放されましたよ!」
「それにもしリンカーン・シティより先に進みたいのであれば、
ニュー・ポートまで連れて行ってあげることもできるよ?」
「お、お願いします!」
まさか、今日の目的地に定めていた
リンカーン・シティより先に行けるだなんて。
旅の幸先が良さそうだ♪
連れて
行ってもらった場所は、市民プールだった。

そこでジョナサンはプールの利用代3ドルを
代わりに払ってくれた。
「どうする?私は一旦家に戻るけど、
心配だったら荷物もってこようか?」
「いや、信じてます」
車のトランクには荷物が全て置いてあった。
もうここまで来て騙されたのであれば、
それはそれで仕方がないと腹をくくるしかないだろう。
僕は彼に車に乗せてもらってここまで来たのだ。
それで何かトラブルがあれば自分の責任だろう。
一時間後に市民プールに迎えに来てもらうことを約束して
僕はシャワーを浴びた。
市民プールの塩素の臭いがどこか懐かしかった。


「うわ〜〜〜い!」
約束通りジョナサンは僕を迎えに来てくれた。
そして今度はニュー・ポートまで
連れて行ってもらうことになった。
太平洋が見えた時、思ったことは
『この海を越えれば日本がそこにあるんだな』
ということだった。

ここからなら航空券もそこまで高くない。
インターネットからクレジットで支払って、
プリントアウトして空港まで向かい、
そこから成田行きの飛行機に乗ればおしまいだ。
僕の世界一周は幕を閉じる。
だけど、僕は今すぐにこの旅を終えるつもりは毛頭なかった。
時々感じるのだ。
ここから南に下った先にある「南米」と呼ばれる国々が
僕を呼んでいるということを。
南米を旅することをイメージするとワクワクした。
一刻も早く南米に行きたい気持ちになる。
もちろん治安も悪だってよくはない。そこには雑踏があり、
人々が力強く毎日を生きている。
そしてそこを旅することは僕にとっての冒険なのだ。
南米を旅せずにこの旅を終えるつもりはない。
ニューポートの町に到着すると
ジョナサンは奥さんが経営するカフェに僕を連れて行ってくれた。
カフェは海の町にぴったりと馴染んだお洒落なカフェだった。
至るところにペイントが施されており、
オオダコや色とりどりの魚の絵が僕を楽しませてくれた。




ジョナサンはここでサラダを僕にごちそうしてくれた。
10ドル以上もするようなヤツだ。
まず僕一人だったら注文しないだろう。
日本の文字に興味をもっていたので、
Googleで50音表をなどを見せて、
日本語がどのような文字を使っているのかを
簡単に説明することにした。
ひらがなをどういう時に使うのか説明するのは難しい。
ジョナサンは「なかなか興味深いね」と言った。
サラダと食後のコーヒーを頂いた後、
僕はキャンプサイトへと送ってもらうことにした。
これから海沿いのハイウェイを進んで行くと州立公園が沢山あり、
そこではいくつもキャンプサイトがあるらしいのだ。
値段も7ドルほど。
いつもは公園に野宿するところだが、
ジョナサンがキャンプサイトの使用料を払ってあげるよ?
と申し出てくれたので、
僕は好意に甘えさせていただくことにした。

キャンプサイトはダウンタウンから離れた場所にあった。
近くにあるのはハイウェイだけだった。
ビジターズ・センターで登録を済ませると、
僕はいつものようにテントを張った。
ここでお金を払って得る物は
安全とトイレとシャワーくらいのものだろう。
まぁ、オレゴンはどこで寝たって危険ではないと思う。

ただ非常に興味深かったのは、
ここにあるキャンピングカーの数々だった。


まるで宇宙船のように変形した車が
キャンプサイトの至る所に停泊している。
広場では家族連れの子供たちがフリスビーを投げ合い、
キャンピングカーの前ではたき火や、調理が行われている。
おいおい。こんなにキャンピングカーがあるの初めて見たよ。
ほんとうにキャンピングカーってのは移動式の家だなと思う。
僕は荷物を置いて、町に戻ってみることにしたのだが、
トレイルが見つからずに道に迷ってしまった。

『迷った…!!』
日も暮れて来たので
今日はキャンプサイトで大人しくすることに決めた。
ビジターズ・センターでは無料でコーヒーが飲めるのだ。
これはありがたい。
日が沈み、まだ空が薄明るいわずかな時間で
僕は海まで行ってみることにした。
浜辺まで出ると、途切れることのない波音が聞こえ、
潮風が絶え間なく吹きつけた。
あぁ、ついにここまで来ちゃったんだな。
もってきたギターで奥田民生の「さすらい」を歌う。
辺りには誰もおらず、灯台の光がゆらゆらと海面を照らしていた。

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