▷12月8日/アルゼンチン、ブエノスアイレス
チェックアウトは14時までだったのでベッドを空けるまでにはかなり余裕があった。
14時を過ぎても40ペソ(499円)を支払えば18時まで宿にいてもいいことになっていた。無料でコーヒーやマテ茶が飲めて、さらにはWi-Fiが使える居心地のいいスペースなんてカフェみたいなものだ。
午前中はブログをアップしたり、漫画を描いて過ごした。
情報収集といえば上野山荘から国際空港までの行き方くらいしか調べなかった。次の目的地はニュージーランドだからだ。
南米に比べれば治安は格段にいいだろう。もう、軽犯罪に注意して、毎回泊まる宿をチェックする必要なんて全くないのだ。
昼になるとマサトさんがまたトマトパスタをごちそうしてくれた。
最近よく思う。
ケチってお菓子や何かで空腹感を紛わすよりは、しっかりと野菜が入った食事を取った方がいいということを。その方が腹持ちがいいし、お菓子なんて食べる気なんてどこかに行ってしまうからだ。
昼メシを食べて一休みすると、僕はマサトさんの誘いで
「世界で二番目に美しい本屋」
に行ってみることにした。
こういう「世界で〜番目」というのを耳にすると、一体誰がそんなことを決めているのだろう?と思う。
そういうのって誰かが知名度を上げるために勝手に作った宣伝のように聞こえるからだ。
本屋に行く前にpatagoniaストアにも寄ってみたがやはり今日も休業のようだった。店の中は電気が点いておらず、人がいる気配はしなかった。
連休も今日までだ。きっとここの店とは縁がなかったんだろう。
何かを逃してしまった時には僕はそう考えることにしている。「また機会があれば会えるさ」くらいに考え、あまり執着しないように努めている。
まぁ、別にハーフパンツくらい買えなくたって構わないよ。
そういえば昨日、宿にいた塾の経営様という方に、僕は手持ちのアルゼンチン・ペソを米ドルに両替してもらった。
なんでもその人は八ヶ月も世界を旅しているようで、このあいだは南極にまで行ってきたというのだ。聞いた話によると南極に行くのはものすごく金がかかるらしい。50万以上はするというのだ。
誰かが「塾に戻ったら乗っ取られてるかもしれませんね」なんて嫌味のような冗談を言った。
両替は「$1=15ペソ」というかなり好レートでしてもらった。この街ではレートは頻繁に変動し、ここ最近では15で両替できる場所はほとんどないから、相手にとってはかなりいい取引だったと思う。
手元にあった13,000円くらいのペソは、わずか75ドルに変わってしまった。来る前は闇レートがどうのこうの言って得したような気分になっていたが、結局は元に戻るのだ。それに今はインフレで物価も上がっているから、結局のところアルゼンチンにいると金がかかるのだ。
本屋に行く前にマサトさんの両替につきあった。連休の最後ということもあり、街は静かだったが、フロリダ通りはいつものようにボチボチ人がいた。
ブエノスアイレスにおいて両替するのはかなり簡単だ。10歳の子供だってできてしまうくらいに。
通りには30mおきくらいに男共が立っており、みな口々に「カンビオ、カンビオ〜」と連呼しているからだ。カンビオとは「両替」のことだ。ほんとうに彼らはこの一言しか話さないのだ。僕が両替商だったら気が狂ってしまうだろう。
おかしな話で闇レートは政府が設定しているというのだ。にも関わらず銀行や空港なんかでは公式レートが存在するのだ。それじゃあ公式レートで取引する人たちは仕事なんて得られないんじゃないかと僕は思う。
闇レートはものすごくポピュラーなのだが、「偽札」にも気をつけなければならなかった。ついこの間、宿で400ドルをそっくり偽札に両替してしまった人がいたらしい。
宿には見本として偽札がジップロックに入れらていた。作りはかなり精巧で、細かい部分の印刷がいくらかつぶれている程度のものだった。注意しなければ分からないだろう。
マサトさんは「1ドル14.5ペソ」というレートで両替することにした。なぜだか20ドル札は受けとってくれない両替商もいた。両替をするならドル札以上が望ましいようだ。
「世界で二番目に美しい本屋」は確かに豪華な本屋だった。
元は劇場だったようで、舞台があった場所にはテーブルが出ておりカフェになっていた。
この本屋のいいところは立ち読みができるところだと思う。店内には立ち読み専用の椅子なんかがあり、そこに座って本を読んでいる客もいたくらいだ。
僕たちは各々気になる本のページをパラパラとめくり時間を過ごした。スペイン語はお互い読めないが、写真や装飾、本のデザインは見ているだけでも十分に楽しむことができた。
本屋をあとにすると僕たちはバスターミナルへと向かうことにした。
マサトさんの次の目的地はパラグアイらしい。
バスターミナルの中にはいくつものブースがひしめきあっていた。僕はこんなにもブースが立ち並んでいるのを目にしたのは初めてだった。
厄介なのはバス会社ごとに値段にバラつきがあるということだった。事前にどこが安いか調べていなかったら安いチケットを扱うブースを見つけることは困難だろう。
行き先が書かれていてもチケットの値段は店員に尋ねなければ分からないということも厄介だった。
こういうのを目にすると、僕は彼らが頭が悪いのか、単にずる賢く儲けようとしているだけなのかわからなくなる。他社との差別化をできなくさせ、チケットを売ろうとする魂胆なのだろうか?
チケットを買うと僕たちは宿に戻った。
チェックアウトを済ませると、時間までマテ茶を飲んでWi-Fiをいじくった。
宿代を支払う時、オーナーのいつこさんは14時以降の施設の使用料をタダにしてくれた。
僕が外に出かけていた時間が長かったからかもしれないが、その時の口ぶりは気持ちのいいものだった。「これで空港でコーヒーでも飲めばいいんじゃない?」なんて明るく言ってくれたのだ。
居心地のいい宿はそこで働く人によると思う。どんなにちっぽけな宿でも、そこにいる人が気持ちのいいと愛着も湧くでしょう?
上野山荘にはリピーターが多いみたいだ。
別れ際にマサトさんが「これ、空港で食べなよ」と言ってスナック菓子を一袋くれた。
まったく、この人は誰かに何か与えるのがほんとうに自然にできちまう人なんだ。
「ありがとうございます。マサトさんに誘われなかったら、パタゴニアなんて来ることができませんでした。一緒に旅できて楽しかったです。次は日本で会いましょう!」
そう言って僕はマサトさんとハグをした。
マサトさんたちに見送られて僕は上野山荘をあとにした。
国際空港行きのシャトルバスは先ほど行ったバスターミナルへの近くにあった。
30分おきにバスは出ており値段は160ペソ(¥1,997)。ローカルバスでも空港まで行けるそうだが、三時間もかかるそうなので、今回はシャトルバスを選ぶことにした。
途中で雨が降り出した。まるで南米が僕との別れを惜しんでいるようにも思えた。
5か月いた南米ともお別れなんだな。なんだかずっと南米を旅してきたきがするよ。それくらいにいろんなことがここであった。パスポートも新しくなっちまたしね。
素通りしてしまった場所、行けなかった場所がある分、また来たいとも思う。
40分ほどでバスは空港に到着した。
ニュージーランド航空のカウンターには既に20人ほどが並んでいた。まだ受付はしていないらしい。
僕は本を読みながら時間を潰した。21:30になるとカウンターが開き、チェックインの受付が始まった。
僕の番が回ってきて、僕は再発行したパスポートを提示した。盗難より前にチケットを購入していたので、eチケットに記載された番号とは異なっていたが、事情を説明すれば問題はなかった。
ふいにスタッフが僕に訊いた。
「お客様、ニュージーランドを出国するチケットはお持ちでしょうか?」
「えっ?ニュージーランドで買おうかなって思ってるんですけど…」
「それではチェックインを受け付けることはできませんね。出国のチケットを購入されてからお越しください」
えええええぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜……っっっ‼︎‼︎‼︎
おいおい!マジかよ!
だって日本のパスポートだぜ?ったくよー!このパターンかよ!ったく面倒くさいなぁ。
僕はイライラしながらバックパックを背負って列から離脱した。
Wi-Fiが入るという場所に行き、すぐさまiPhoneで鍵のかかっていないWi-Fiを探した。
困るのはアップデート後の劣化版iPhone4SがWi-Fiに繋ぐのに5分から10分かかるということだ。
Wi-Fiが検知できても繋がない。「接続することができません」なんて弱音を吐くことなんてザラだ。
なんとか空港のWi-Fiに繋ぐことに成功したが、空港のWi-Fiは凄まじく遅いWi-Fiだった。スカイスキャナーのアプリを起動したが、読み込んでいるんだか、停止しているんだか分からない。どちくしょー!遅いっ!
仕方がないので格安航空券を取り扱う”Jet Star”のホームページに行き、そこからチケットを買うことにした。
旅の最後の目的地はオーストラリアにしようと思っている。
年末は値段が高騰していたため、2万円でウィリントンからメルボルンまでのチケットを購入した。
フライトの日付は1月11日。
この日付を選んだのはなんか縁起が良さそうだから(笑)。
ニュージーランドを旅する期間は33日。十分だろう。
遅いWi-Fiのせいで、航空会社から送られてくるメールがチェックできなかったので、ホームページのチケット購入画面をスクリーンショットに残して再びカウンターへと向かった。
並んでいる列をすっ飛ばして同じ受付に行くと、すぐにチェックインを済ませてくれた。
あとはいつもと変わらなかった。
バックパックを預けると、ゲートを抜け出国スタンプをもらい、ロビーで待機するだけだった。
ペソも十分に余っていたので、10ドルもするバカ高いサラダを食べて胃袋を満たした。ついでにちょっとしたスナック菓子も買うことができた。
23時半を過ぎて搭乗開始になった。
さすがに13万円もしたチケットだけあり、ニュージーランド航空の飛行機はいつもよりリッチな感じがした。
ギターは何も言われずに持ち込むことができたばかりか、スタッフが荷棚に移動させてくれた。
あまりの居心地のよさに、飛行機がいつ飛び立ったかも分からなかった。
一時間ほどして食事が運ばれ、僕はスプライトと赤ワインを飲んで軽く酔っ払った。
各座席に取り付けられたモニターはタッチパネルで映画も見放題。日本語吹き替えのものもあった。
前々から気になっていた「ミニオンズ」と「バードマン(これ前も観たんだけどね)」を日本語吹き替えで観た。
あぁ、旅のラストは英語圏。なんだか快適な旅になるような気がするね♪
Hello Shimi, we wish you the best remember the family from Des Moines Iowa,
Good luck getting Home, Our son is in Melborne Australia. He went to work there.
Please take care.
Milagros and Del
>Milagros Stevens
Of course I remember your nice familly!!
and these are lot of Animals(dogs cats and pallot)
That day was special day for me!
I will never forget it!
now I’m travellin’ Newzealand with street performance(drawing people’s face). It’s nice !!!
I will post my activities on facebook.
If you find post about Ausyralia,please contact ne:-)