「ヒッチハイクは道連れ」

 

▷11月21日/チリ、チャイテン〜ラ・フンタ

 

 

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iPhoneで日記を書くようになってスタイルが変わった。まるでインドで下痢を患った旅行者がトイレから離れたられないように、僕もコンセントのある場所から離れられなくなってしまった。

 

 

このアップデート後劣化版iPhone4Sで2000字以上の日記を書くのに1時間〜2時間かかる。ただひたすら文章を書いてるだけで。

だいたい日記を一本書くのにiPhoneのバッテリーは25%消費される。つまり1/4だ。二本日記を書いた時には僕は心もとなき気持ちになってしまう。

アイルランドで買ったスマートフォン用のポータブルバッテリーの使用頻度も上がった。たこ足配線ももってないので、一度にiPhoneもバッテリーも充電することはできない。

今僕はコンセントの真横に座ってこの日記を書いている。

 

 

 

 

 

 

前日の23時にプエルトモンを出発したフェリーは8:00にはチャイテンの港についた。

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港とも呼べないようなちっぽけな船着場で、船を降りた乗客たちは迎えの車に乗ったり、ツアーか何かの会社が用意したバスに乗りこんでいった。

僕はそれを横目にバックパックを背負い、800mほど離れたチャイテンへの町へと歩き出した。

どこか新しい旅立ちが始まったような気がするのは天気がいいせいだろう♪

 

 

最初、すぐにでもバスに乗って進んでしまおうの考えたが、パタゴニアはバスの本数が少なく、一日に一本しか出ていない場合が多い。それも朝早くに一度っきりしかバスが出ないのだ。

僕はそれを思い出し、そのまま町外れまで歩いて向かった。

 

 

 

町外れにある「スーパー・メルカド」という、似たような意味の単語がふたつくっつけられた名前の店でクッキーとジュースを買って一息ついた。

売店の横にあるごみ箱からダンボールをいただき、それに”LA JUNTA”と書いた。

そうだ。ここからヒッチハイクをしようというのだ。

 

 

 

 

町外れからは道路が一本伸びているきりだった。一見ヒッチハイクは簡単そうに思えるが、問題は車の数そのものが限りなく少ないということだった。

まぁ、行けるところまでやってみようじゃないか。ダメだった時はその時。バスにでも乗ればいい。

不確定の事に対しては、気持ちにゆとりをもって構えておいたほうがいい。ダメだった時に焦らないで済むからだ。

 

 

 

 

僕が町外れに続く道路に出ると、後ろからバックパックを背負った欧米人がやって来るのが見えた。特に自転車に乗ってるだとか、タクシーを拾おうとしているだとかそんな様子はない。

 

 

ヨアンはフランス出身の22歳でスペイン語が達者だった。この間までサンティアゴで二ヶ月間ホステルの管理人をしていたそうだ。祖父がスペイン人らしく、なんの苦もなく現地人と会話することができた。
そして彼も僕と同じようにヒッチハイクでパタゴニアを移動しようとしているヤツだった。

 

 

自然の成り行きで僕たちは二人一緒にヒッチハイクをすることになった。

ヨアンはどこか頼りになる、というか説得力のあることを言う若者で、「もう少し立つ場所を変えた方が車が止まりやすい」だとか「ボードを持たずに親指を立てた方が車が止まってくれる」だとかそんなことを僕にアドバイスした。

僕は素直にヨアンの助言に従うことにした。

するとどうだろうか?あれよあれよと言う間に立て続けに3台の車に乗せてもらうことができた。

13:00過ぎにはラ・フンタの町に到着することができた。

 

 

 

 

 

 

車を下ろしてもらった際にドライバーが「ここでヒッチハイクをするのは難しいよ」と言った。

だが、僕たちができることと言えば、再び親指を立て続けることしかできなかった。

なぜなら、バスがないからだ。

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ラ・フンタの車の少なさは僕たちを少し不安な気持ちにさせた。5分か10分に一台の頻度で車がやってきた。

そんな車の少ない状況下において最初の15分は調子が良かったように思われる。3台くらいが立て続けに止まってくれた。

だが、行き先がわずか数キロ先の村であることが多く、僕たちはお礼を言って車を見送ることにした。

 

 

ちなみに次の目的地は250kmほど離れた”Coyhaique(コヤイケ)”という町だ。

僕は明日、マサトさんとこの町で会う約束をしていたので、今日のうちにコヤイケまでたどり着きたかった。ユアンも先を急いでいるらしく、できたら今晩中にコヤイケに到着したいと言っていた。

僕たちの思いとは裏腹に車の通りはますます少なくなっていくばかりだった。ユアンは腰をおろして、のんきにスペイン語の小説を読み出す始末だ。

 

 

 

パタゴニアは南に向かえば向かうほど、気温が下がっていくように思えた。それに冷たい風が吹いていた。

日が出ているのならいいが、太陽が雲で覆われてしまうと一気に寒くなる。

じっとしていると体が動かなくなってしまいそうに思えた僕は腰をおろさずに体を動かしながら車を待った。時間が経つにつれてますます車は来なくなった。

 

 

 

 

一時間くらい経過した時に、向こうから男の子を二人つれたふとっちょのおばさんがやって来た。どうやら彼女たちもハッチハイクで移動しようとしているようだった。

彼女たちは、僕たちよりも手前に腰をおろし、やる気なさげにやって来る車に腕を下げた。車が来ない間に足を伸ばして座っている母親の姿をは熊かダルマのようなシルエットをしていた。息子たち二人は砂利を投げたり、水たまりを飛び越えたりして遊んでいた。

彼女たちは1時間ほどで車を捕まえた。やはり現地人だけが持つアドバンテージのようなものが存在するのかもしれない。

 

 

僕がそういうと、ヨアンは「そうは思わない」と言った。

「彼らは礼儀をしらないね。ヒッチハイクに現地人もツーリストも関係ないよ。僕たちの方が先に待っていたのだから、彼女たちは僕たちよりももっと後ろにいるべきだったね」

と負け惜しみのようはことを口にした。

 

 

車が見えると僕はいつものように手を振って、少しコミカルに車にアピールした。ヨアンは相変わらず本を読んでおり、座りながら親指を立てるぶっきらぼうなスタイルだった。

二時間を過ぎたころには、車は一台も止まってくれなくなった。

この間に僕は何度も立ちションをした。寒かったからだ。

 

 

 

ヨアンは「16時になったら、僕はヒッチハイクをやめるよ」と言いだしたので、僕もそれを目処にヒッチハイクを切り上げることにした。

結局僕たちはコヤイケに向かう車を捕まえることができなかった。

 

 

立っていた場所を後にする際にヨアンは「君はニコニコ、おどけてアピールするけど、それじゃ運転手は警戒して止まってくれないよ」などと、車が捕まらなかったのを僕のせいにし始めた。

本を読みながヒッチハイクしていたヤツに言われても説得力はない。負け惜しみだろ。アホめ!

 

 

 

 

 

 

彼はスペイン語が喋れたので、僕は彼の後ろをトコトコとついていった。

まずは現地の人に尋ねてまわり、コヤイケ行きのバスチケットを買った。10,000ペソもする。日本円で1,700円ほどだ。町と町を行き交う車は貴重なのかもしれない。

 

 

次に今晩泊まる宿を探すことになった。ヨアンはスペイン語で安宿の場所を尋ねてまわっていると、おばちゃんが僕たちに声をかけてきた。

招き入れられたのはごく普通の民家だった。家の外には宿の看板なんてものは出ていない。

 

 

狭くて急な階段を上ると、そこにはベッドが3台並べられていた。一泊8,000ペソ。1,300円ってとこか。チリにしては安宿の分類に入るだろう。まさかWi-Fiが使えたのが意外だった。

 

 

 

 

チェックインを済ませると僕はショルダーバッグと漫画道具、それにギターを持って外に出かけることにした。

一時間ほどラ・フンタの町を歩き回ってわかったのは、この町にはほとんど何もないということだった。

路上パフォーマンスができるような人通りもなく、漫画を描くのによさそうなカフェすらもない。

いや、カフェがあることにはあったのだが、一杯340円というあまりに強気の値段設定だったために、僕はパスした。

ヒッチハイクの待ち時間と街歩きのせいもあって、宿に戻ると僕は昼寝をした。

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18時過ぎに目覚めると、ヨアンは作ったパスタを僕に分けてくれた。みじん切りにしたチーズとトマトソースを絡めた野菜のないパスタだった。

 

 

宿のリビングはここに住む家族との共有スペースだ。

部屋の隅にLGのテレビがあり、おばあちゃんがソファに腰掛けてミュートのかかった映画を観ている。二台あるうちのひとつのテーブルでは、旦那さんと奥さんが二人で遅めの晩御飯を食べていた。二人の子供達は自分の部屋へとひっこんでしまったみたいだ。暖炉の上に置かれたヤカンからは湯気がくゆるのが見えた。

 

 

僕は白湯を飲みながら、そんなパタゴニアの民宿のアットホームな空気をゆっくり肺の奥まで吸い込んだ。

タバコを吸いに外に出ると、凍てつく空気が僕を包み、吐く息がもうもうとした白い煙になった。空に浮かんだ月はどこか靄がかかり輝いていた。

 

 

 

 

 

ヒッチハイクが成功しなかった?

いや僕はそうは思わない。

 

目的地までの交通費の半分くらいはヒッチハイクで賄えたし、面白いヤツと出会えた。ここに来なければ民宿になんて泊まらなかっただろう。Wi-Fiにもありつけた。野宿なんてしてたら、時間を潰すのに骨が折れただろうし、寒さで眠れなかったかもしれない。

 

 

 

最近また、物事ポジティブな面を見ることができるようななった気がする。

うん。僕はツイている。

そう思い込むことが大切♪

 

 

2 件のコメント

  • シミさんが旅を始められた最初の頃から拝見してます。始めはそんなに感じられなかったんですが、徐々に徐々にポジティブになっていて、今ははすごい強くなったんだなあ、と感じました。柳のようでいて、芯があるという。上から目線のようですみません。ただ、人ってこんなに変わるんだなあ、とすごく毎日読んでいて楽しいです。
    あと、どんな状況でも人をけなすような、いやらしい言い方、見方をされないので見ていてとても気持ちいいです。そういうのって、大変だけど大事ですよねー。出来ない人がいかに多いか。。

    残りの日々、楽しいことがたくさんありますように。
    よい旅を!

    • >ぽんぽんさん

      コメントありがとうございます。
      まさか最初のころからだなんて有難いです。

      ブログはあくまで僕の日記なので、自身の100%のトレースじゃありません。

      そりゃ僕だって落ちる時もあれば、人の悪口を言ったりすることもあります。

      それでも、そういうのは自分でもカッコ悪いということは分かっています。
      なるべく言わないのがスマートですね。

      井上雄彦の「バガボンド」に
      「強いということは優しいことでもあるんだ」
      という、確かそんなセリフが出てきます。

      めっちゃくちゃカッコいい台詞だと思ってます。

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    ABOUTこの記事をかいた人

    「旅する漫画家」。世界一周後(2013-2016)、現在は海沿いの町に潜伏中。そろそろ旅がしたいぞ!